■旅日誌
[2009/1] 歓迎光臨!悠遊愉快旅、台湾
(記:2009/2/22 改:2021/7/1)
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まったくの突然でしたが、台湾へ行くことになりました。正直なところあまり海外に目を向けることはこれまでしてなかったのですが、日本人が過ごしやすいところだとも聞いてたし、一度は行ってもいいかな?と思ってました。ハイシーズンでもないこの時期に少しまとめてお休みをとることになり、マイルが溜まってた事情もあって準備もそこそこ、思い切って渡航してきました。乗り物好き、街歩き好き、B級グルメ好き、絶景好き…そんな自分はというと、一度で心奪われてしまいました。まったくの思いつきでしたが、最後に超ビッグサプライズまで付いて、久々の大ヒット(!)でした。
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 1日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
JL641、台湾桃園空港、台北、台北捷運(MRT)、台北101、寧夏路夜市
ちょくちょくお出掛けはしていたが去年はずっとハードな生活が続いてしまい、年明けの中途半端な時期だったが、ひょんなことから2、3日まとめてお休みをとることになった。そうはいっても、仕込んだネタなどあるわけもない。ただ、赤組のマイルが溜まっていたことは頭の片隅に引っ掛かっており、航空券に交換できそうなことは考えていた。何となくJALのページをのぞいてみると近場なら海外にも行けそうである。そんなとき目に留まったのが台湾だった。旅好きは自分でも十分自覚(?)しているものの、積極的に自分から海外へ出向きたいということはさほどなく(余談:結局、この意識も数年ですっかり様変わりするのですが。)ただ一方で国内乗りつぶし達成後の落穂拾いは、正直新鮮味に欠けていたのは事実参天。そんなとき台湾で新幹線の開業を知ったときは純粋に興味を覚えたのも確かだった。
成田空港
これまで海外に出たのはいずれも仕事がらみで、同行者がいたり、空港でピックアップしてもらったりしてたので、完全な単独行動は今回が初めてのことである。不安がないかと言えばうそになるが、でもパック旅行じゃ面白くない。結局、自分の中でGoサインを出したのは1週間前、構想10分、調査2時間、予約20分程度でざっと流れを作って臨むことになった。(余談:なぜ1週間前かというと、マイル交換で特典予約できる期限が1週間前だったから…。ちなみに荷造りは10分でした。)本屋へ行ってガイドブックを買ってくる余裕もなかったが、必要な情報はほとんどネットで収集できてしまうので便利な世の中になったものである。
JAL・JL641便・台湾桃園行き
とりあえず仕事の方は前日までにひと段落つけて出発までこぎつけることができた。今回は木・金と月に休みをもらって土日をはさんで都合4泊5日の日程を組んである。最初と最後の日は移動になってしまうので丸々使えるのは3日間、とりあえずそんなもんだろうと、ざっと行動パターンをイメージしてみた。まず最初の目的は台湾新幹線に乗ること、それから外してはいけないのは台湾名物の夜市めぐり、あとできればローカルなところにも行ってみたいし、台北市内の観光地見所といわれるところも押さえておきたい。特に故宮博物院はできるだけ見学する時間をとりたい。と、まぁ相変わらず強欲なのだが、不慣れな土地での出たとこ勝負がどこまで通じるか、正直先は読めていない。でも、旅なんてそんなものだろうと割り切り、今回は行き当たりばったりを楽しもうと思う。
台湾桃園空港
成田10時の便を予約したのだが、よくよく考えてみれば早朝の出発である。重装備ではないとはいえ、通勤ラッシュの中スーツケースを引きずりながら揉まれるのは避けたい。去年の杭州出張のときと同じ渋谷発7時過ぎ成田エクスプレスで成田へ向かう。ところで、自称晴れ男の自分をもってしても、どうも相性の悪い場所がひとつある。それが成田空港で特に往路は4回中3回が雨、今朝もいつ雨が降りだしてもおかしくない天気である。どうにか傘を使うことは避けられたが、電車の中でポツリポツリと降りはじめた雨を眺めることになってしまった。N’EXは順調に、、、と途中まではよかったが、千葉を過ぎてあともう少しというところで突然停止、踏み切りに差し掛かったところだったので、外の視線を感じてどうもバツが悪い。先行する普通列車で急病人が出たとのことだったが、10分くらいその場にいただろうか、とりあえず動き出してくれて助かった。
大有巴士
海外単独行動とともに、もうひとつ初めてのことがある。思えばJALの国際便に乗るのは今回が初めてだった。早速チェックインを済ませまずは身軽になる。特にすることもないので、すぐさま出国手続きをとる。パスポートにポンとハンコを押され、いいですよと促されゲートを抜ける。いよいよこれからだな♪とあらためて思う瞬間である。免税品にも興味がないのでその辺は素通りして、建物間を移動するモノレールに乗り込む。おっとそうだ、傷害保険だけは入っておくか。妙に慎重になってる??出発予定はオンタイム、使われる機材はB747、いわゆるジャンボジェット。JA8177と、、、手元にレジ番号を控える。なぜか普段はしないような行動をしてしまったが、随分とくたびれた感じがする。パーソナルモニタもないし、JAAのロゴが入ったヘッドホンは見るからに古臭い。確か同世代の機材で退役が始まってるはずだが、何だかんだでもう20年近く飛んでるのではないだろうか?今回はマイル交換で乗せてもらってるので、別に文句をつけるつもりはないけど…。(後日談:JA8177はクラシックジャンボでも最古参の部類で、間もなく退役することになりました。)搭乗はスムーズに進んでドアクローズ、着席率は30~40%程度といったところだろうか、あとでCAさんに聞いたところによると台北行きも朝一だけはいつもガラガラらしい。プッシュバックされてる途中に青いQ400がチラッと見えたが、この時間だとF50から置き換わった名古屋行きの便だろうか。2タミから1タミへまるで迷路のようなところをタキシングしていき、滑走路の手前で一旦停止、ここで出発便2機と到着便1機の待ち合わせとなった。それにしてもテイクオフまで時間のかかること…。エアボーン後、すぐに雲に突っ込む形で上昇を続けていた。
晶華酒店 MRT中山駅
天候のせいもあってなかなか揺れは収まらなかったが、雲の上に出たところでベルト着用サインが消える。台北までの所要時間は約4時間、時差が1時間あるので到着は13時の予定である。飲み物サービスが始まり、早速"麦の泡"で小さく乾杯とするとCAさんが「富士山の頭が雲の上に出てますよ」と教えてくれた。仕事なら往路でアルコールに手を伸ばすことはしないのだが、今回は完璧なプライベート、こののんびりとした時間がたまらない。4時間なら時間的にも余裕があるのか、スタッフもまったくせかせかした様子はなかった。もっともこれだけ空席があるので、そう慌てる必要もないだろう。機内食を配る手も気持ちゆっくりとした感じだった。食事が終わった後も、不思議と眠くなる感じがしなかったのでPCを取り出してしばらく先月の旅日誌などパシャパシャと書き記すことにした。ノド乾きませんか?コーヒーお持ちしましょうか?見た目でものを言ってはいけないが(失礼!)さすがにベテランCAだけあって、邪魔しない程度に実にナイスなタイミングで声を掛けてくる。「お仕事ですか?」ずっとPCに向かいっぱなしだったのでそう見えたのだろう。「いえね、今回はまったくのプライベートでして…台湾は初めてなんですよ!」こっちは100%、いや120%オフモードである。「簡単なものですが日本語のガイドブックをお持ちしましょうか?」おお、なんと素晴らしい読みだこと。「少しだけですが、カオシュン(高雄)のこともありますので…」ガイドブックなど買うヒマもなかったこと、数時間だけだが台湾新幹線高雄まで足をのばすこと、どうしてそこまで分かるんだ?この人すごいぞ、エスパーかぁ??(後日談:20ページ程度の薄っぺらい冊子でしたが、結局この冊子が一番役に立ちました。)
MRT自販機 悠遊卡(EasyCard)
この時期、台湾は意外と天気が悪いことが多く、あまりいい予報は出ていなかった。今日も到着地の天気は雨とアナウンスされている。しかし、台湾の天気予報は悪い方へ外れることの方が多いらしく、また雨といってもしとしとと降る小雨がほとんどらしい。さて、いよいよ着陸、、、といってもなかなか陸地が見えてこない。低い雲の合間から地面の様子が見えてきたときはランディング直前だった。ドスン、ドスンと2、3度、軽い衝撃を感じてタッチダウン、予定より15分ほど遅れての到着となった。台湾は熱帯地方に属するので気候は温暖だが、冬のこの時期は寒い日も多いらしい。だが、機外の空気からは寒さは感じられなかった。到着した空港は台湾桃園空港といって、台北の中心部からはかなり離れた場所にある。市中には別の空港もあって以前はそちらがメインの空港だったのだが、いまは国内線専用と用途が使い分けられている。言ってみれば成田と羽田の関係にあるようだ。建物は意外と広々として天井が高いのはいかにも新しいインターナショナルエアポートといった面持ちである。外国人向けと帰国者向けとでイミグレーションの窓口が分かれていたが、ちょうど日本から別の便も到着したようで、係りの人も日本語で「こちらへもどうぞ」と帰国者向けの窓口へ誘導していた。いきなり日本語を耳にするのはいかにも台湾といったところだろうか。その後の窓口でも「はい、どうぞ」と日本語の応対があった。
中山地下街 MRT中山駅
無事入国したあとは、まず最初に両替をしておかなければならない。両替はホテルや免税店でもできるが銀行の方がレートがいい。ただ、市中の銀行だと言葉が通じないので空港にある銀行の窓口で行うとよい…と下調べの通り銀行の窓口を探す。とりあえず1万円札を2枚差し出すと「2万円ですね」とやっぱり日本語が返ってきた。台湾の通貨はニュー台湾ドル(=TWDもしくはNT$)だが、実際にはほとんどの場所で「元」と表示されている。ところがお札は硬貨には「圓」と書いてあり、呼び方が3つある理由は実はよく分かってない。最近は円高の影響もあって日本円に有利な方へ動いているらしく、手元には7500元程度の現金ができた。と、ここまでは楽勝と読んでいたが、段々難易度が上がってくる。台北市内まではタクシーを利用すれば1時間ほどでたどり着く。値段は1200元くらい、交渉次第では1000元、日本円にして3、4千円で済む。今回の旅ではひとつ目標を立てており、タクシーは利用せず公共の交通手段で頑張ってみることにしている。もちろんタクシーを利用しても安全で比較的安価なのだが、そこは冒険してみることにした。というわけで、予約したホテルの前を通るリムジンバスを見つけて途中下車する、ということに挑戦してみる。到着ロビーの裏手にまわりリムジンバスバスカウンターから目的のバス会社を探して行き先を書いたメモを差し出して様子をうかがう。すると、窓口のお兄さんは別のTELに出たまま切符を切っておつりを返してくれた。下手にしゃべる努力をするより筆談の方がいいというのは本当のようだ。バス乗り場へ行き案内役のおじさんにも先程と同じメモを差し出すと、ここだと地面を指差して「トゥー、ファイブ」(2時5分の意味)とぶっきらぼうな返事が返ってきた。このおっさんの役割はバスの行き先案内と荷物の仕分けらしく、羽田や成田で見る光景とまったく同じである。ちなみに、決してぶっきらぼうなわけでなく、そのように見えてしまうだけ…というのも、事前の情報通りだった。(笑)このおっさん、時折ポットのお茶を口に含みながら忙しくしていたが、バスの運転手もマイポット持参しており、中国もそうだったが、お手製のお茶を携えることが多い。新しくてピカピカなものからそうでないものまで、大型のバスはひっきりなしに行き交っていた。中でも緑色の705系統番号というバスはやたら目にするのだが、大きなLEDの方向幕(?)には「桃園 直行」と行き先が表示されており、これはとても分かりやすい。と、そうこうしていると大有巴士とかかれたリムジンバスが到着、先程のおっちゃんからこれに乗れと指示を受ける。ちなみにこのバスの料金は90元、日本円でおよそ300円弱、日本でいったら成田から新宿のホテルをいくつかまわる路線といったところか、そう考えるととてつもなく安い。また、バス以外の公共交通も総じて運賃はかなり安いのが相場だった。
中山地下街 MRT板南線・市政府駅 MRT板南線・市政府駅
バスは2ターミナルを出発して、1ターミナルを経由していく。この空港は意外と大きいようだ。敷地を抜け、しばらく桃園の町中を走っていく。どことなく田舎チックなのんびりとした風景が続いていた。やがて高速道路に入り、一路の台北を目指す。途中、高速道路同士が出会うジャンクションで渋滞が発生していたが、比較的スムーズに流れていた。運転マナーも北京のときとはまったく違って、車線を無視しして強引に走ったり、路肩を走り続けたりする車は少ない。途中で新幹線の高架と思われる下を通り、徐々に台北市街の高い建物が見えてきた。淡水河を渡り、高速を降りるといよいよ市内に入る。街中の風景はいかにもといった感じで、漢字の派手な看板は目に痛いほどである。手元の地図を見ると、圓山近くを通過しているみたいで、古い町並みが印象的である。よしよし、ここはまたあらためて来るかな…。地上に出たMRTの線路の下をくぐり大きな通りへ出ると都会の新しいビルが立ち並んでいた。東京でいったら青山か銀座といった感じだろうか。テープで案内放送が入るわけではなく、運転手が大きな声で何か言葉を発しているのだがよく分からない。でも前もって降りる場所は伝わってたらしく、たまたま乗り合わせた他の日本人客を探して、どのホテルに泊まるかを質問してるようだった。どうにか事情は通じたみたいで、バス停で荷物を受け渡すと地面に向かって手で地図を描いて場所を説明していた。無愛想のように見えるが、やっぱり親切な人に違いない。次は自分の番かな?と待っていたら、同じように大きな声を発してきた。ミラー越しに目が合い、ふたこと目に「ロイヤル?」と聞いてきたので、こっちも「ロイヤル!」と返す。次のバス停でトランクからスーツケースを取り出し、後方の信号を渡って通りの向こうのあの建物へ行けと示してくれた。ぶっきらぼうな素振りだが、とても親切である。最後に謝謝!とお礼を言うと運ちゃんは黙ってバスに戻っていった。
台北市内 台北101シャトルバス
下調べの段階では中級レベルのビジネスホテルで評判のよさそうなところがひとつ目に留まったのだが、ネットを見る限り既に空きはなく、ちょっとグレードは高いが日系のホテルをとることにした。某サイトでアップグレードプランが紹介されていたので、そいつを選択。往復の飛行機代が浮いた分、ちょっと贅沢してもいいだろう。台湾のホテル事情について言うと、あるレベル以上なら日本語が通じないことはなく、今回も日本語でまったく問題がなかった。ちょっと海外へ来た気分ではないかもしれないが、まぁ安心なことには変わらない。アサインされた部屋に入ると、ホントにいいの?というくらいレベルの高い部屋で正直驚いた。朝早かった分、まだ時間に余裕があるので早速お出掛けすることにしてみた。
台北101
ホテルのすぐ近くにMRT(地下鉄)中山駅があるので、地下にもぐってみる。明るいコンコースにはコンビニをはじめちょっとしたお店が並んでおり、銀行のATMや両替機もある。案内板や地図も日本のものとあまり変わらないので、これなら迷うことはない。この地下街台北駅まで通じており、とりあえずそこまで歩いて行ってみることにした。人通りも多く、顔かたちも着てるものも日本にいるのとまったく違和感はない。ただ、看板類がちょっと派手なくらいで、治安が悪いという心配もなく、余計な緊張をする必要もない。さて、今日やっておかなければならないのは、明日の新幹線のチケットを購入しておくこと。ちょうどこの時期は春節=旧暦のお正月にあたるため、帰省ラッシュが予想される。台湾新幹線は「高鉄」という表示がされているので、それを頼りにしていけば迷うことはない。チケット売り場では窓口に並ぶより自販機を使った方がスムースのようだったので、そちらで明日の指定を押さえておくことにした。中文(中国語)と英語の表示が選択できるようだったが、前もって調べてあったので別にどちらでも構わない。特に問題もなく明日の10時発の下りと15時半発の上りを購入、ただ、海外発行のクレジットカードは使えないので現金での購入となった。現金で高額な買い物をするつもりはないので、両替をしたのもここでの出費のためだったかもしれない。(余談:おつりに50元硬貨が10枚出てきてびっくりしました。さらに復路分で合計20枚に。。)
台北101 台北101
新幹線のチケットが買えたので次は地下鉄(MRT)のカードを購入しておきたい。そのカードは悠遊卡(英語でEasyCard)というプラスチック製のICカードで、使い方は日本のSuicaなどとまったく同じ、改札を通るときにタッチするだけでよく、バスにも乗れるし台鉄(国鉄)でも使える。価格は500元で、デポジットとしては100元なので400元分が使えるようになっている。(余談:先程の50元硬貨で支払ったことは言うまでありません。)足りなくなったらチャージすればいいし、コンビニでも買えるしチャージもできるので、使い勝手はかなりよい。また、カードを使うとMRTは2割引きになり、バスとの乗り継ぎ割引きもある。払い戻しはいつでもできるのだが、5回以上利用すると返却時の手数料(20元)はチャラになる仕組みだ。MRTの1日乗車券というのもあったが、悠遊卡の方が有利なのでそいつのお世話になることにした。(後日談:バスの支払い方法や料金がよく分からないことが度々あったので、そんなときでも変にうろたえることもなく非常に助かりました。バスには両替機もないし、お釣りも出てきませんので、まぁいいか…といって少し多めに払うくらいの度量が必要みたいです。)ちなみに現金で地下鉄に乗るときは自販機の画面で行き先駅を押してからコインを投入すると、切符代わりにトークンというプラスチック製の硬貨のようなものが出てくる。そのトークンにもICチップが内蔵されており、自動改札を通過するときには入口でトークンをかざし、降りるときに回収口へ投入すればよい。これなら、よそ者でもまったく迷うことはない。路線図を見れば経路は簡単に分かるし地下鉄はとても便利な乗り物だった。
台北101
もう夕方近かったが、早速そのカードを使ってみることにした。ちなみに乗り物に関する表記についていうと、鉄道と電車は「鉄路」に「火車」、バスなどの車は「汽車」で地下鉄は「捷運」、駅は「車站」または単に「站」と表されている。さて、これからMRTに初乗、板南線台北から数駅先の市政府駅まで乗ってみることにする。地下鉄はどこも天井が高く広々としており、エスカレータでホームに下りるときの眺めは圧巻である。(余談:大阪の御堂筋線を彷彿させます。)駅のプラットフォームは「月台」と表記されおり、一部の駅では液晶モニターにCMが流れていて、日本よりもはるかに近代的、いや近未来的といった印象である。電車は右側通行、大きな駅ではホームドアまで設置してあった。に来てみてすぐに気がつくことは、台湾の人は非常にお行儀がいいこと。エスカレータではきれいに左側に並び右側は空けられている。(大阪流?)乗車位置では列を作って待っていて、割り込む人もほとんどいない。なので乗り降りも非常にスムーズである。また、車内やホームでの禁煙はもちろん、飲食も禁止、ガムをくちゃくちゃするのもいけないという。プラットフォームには必ず警備の方が立っていて、何かと目を光らせているのがよく分かる。放送の案内も台湾語、中国語、英語の順番で入るので迷うことはまずない。これといって車両に特徴があるわけでもなかったが、ジーメンス製で経年わずか軽快なインバータ音で加減速も小気味いい印象である。ただひとつ気になったのは⊥型に配置されたシートがプラスチックのベンチみないに硬いものだったくらいである。日本でいうシルバーシートは「博愛座」と表示され、お年寄りに席を譲るのはもちろん、バスではそこに座ろうとすると注意されるのも目にした。気のせいかもしれないが、小さな子供に席を譲ることも少なくなかったように思う。
台北101シャトルバス MRT板南線・市政府駅
市政府駅へ到着し、地上へ出るとそこは大きな道路が交わる交差店だった。バスとバイクがバンバン走っていて排気ガスでノドが痛い。これも後になってだんだん分かってきたことだが、台湾の信号機はほとんどがLED、歩行者信号はアニメーションのものもあり、日本の紳士的なシルエットから比べると若干間抜けなか感じがしないでもない。交差点の周囲をくるっと見回すと、これか行こうとしている台北101が遠くに見えた。ここからシャトルバスが出ていることは調べがついており、でも近そうなら歩いてしまおうかと思っていたが、意外と遠そうなのでバスを待つことにした。そして待つこと15分「免費」と表示された派手な内装のバスがやってきた。そのバスに揺られること数分、台北101に隣接したショッピングモールの入口でバスを降りる。違う方角へ向かって上を見上げるとものすごく高いのが分かる。台北101は台北のランドマークといってもいい建物で、ドバイの塔に抜かれるまで世界一の高さだったが、逆台形を積み重ねたような形が印象的である。高いところとあれば登らずにはいられないのは既知の通り、早速展望台へ向かうことにする。
寧夏路夜市
展望台に向かうエレベータは5階から出ていることに気がつかず、ちょっと迷ってしまった。チケットを購入しようと窓口へ向かうと、日本語で「天気が悪いので眺めはよくないがいいか?」と質問される。それから「リュックはダメ」と念押しされクロークのようなところに荷物を預けることになった。眺望が期待できないのは残念だが、このあとここへ寄る予定はないので話のネタ程度に今日登っておくことにした。エレベータ待ちの列に並び1回見送って乗り込むと、案内のお姉さんが中国語と英語と日本語で挨拶代わりにごくごく簡単に説明がある。このエレベータは時速60キロ、横浜ランドマークタワーの持ってた世界記録を更新し、展望台のある89階400メート弱を37秒で一気に上がってしまう。これじゃ説明などしてるヒマなどないわけだ。さてその展望台だが、やっぱり視界が悪く遠くの方がほとんど見えなかった。かろうじて手前の方が見えていたが、暗くなりかけてはいるもののきれいな夜景というほどでもなかった。それでも、恐ろしいほど高いのはよく分かり、あとは屋内の展示物や揺れを防ぐのマスダンパーなどを見学することにした。
寧夏路夜市
天気が悪かったせいもあるが、それほど長居せず台北101をあとにした。再びシャトルバス市政府駅へ戻り、MRTでの台北駅へ向かうことにする。夕方のラッシュ時に差し掛かっているようで車内はとても混雑していた。台北駅で一旦外へ出たあと、少し街中を歩いてみることにした。相変わらずバスと車はひっきりなしに走っている。地図を頭で理解するのはほどほどにして、物理的にどんなもんか最初に確かめておきたかった。地下街から離れた場所はあまり人通りがなく、ちょっと寂しい感じがしないでもない。まぁ暗くなりかけているので当たり前かもしれないが…。主だった通りと交差点の位置を何となく確かめながら進んで行き、ここも行ってみたいと考えてた寧夏路夜市へ出てきた。ここに来るまでは寂しかったが、夜市の中へ足を踏み入れるとそこは行き交う人とさまざまなの屋台で大いに賑わっていた。おお、これだ、これだ、この世界だ…。着いて早々だったが、この雑踏雰囲気を満喫することにしよう。
寧夏路夜市
来て早々すごいところに足を踏み入れてしまったが、少し腹が減ってきた。勢いで屋台に飛び込むにしても少々勝手が分からない。しばらくあちこちウロウロしてるうちに、あるお店に隣接したテイクアウトコーナーを見つける。値段を見るとおすすめ品らしきものが100元前後、スープをつけても130~140元くらいと、これはB級グルメの"におい"がするぞ。(笑)指差し注文でいけそうだし、結構人気のようなので思い切って並んでみた。恐る恐るこれ!と指差してお金を払うと引き換え用のレシートを渡された。注文が入り目の前で調理しているのが見えたので、しばらく様子をみながら自分の番を待つことにした。ホテルに戻り早速いただいてみると、なんだ、なんだ、めちゃくちゃ美味いじゃないか!!ひょいと買ったものがこんなにも美味しいなんて、うわさには聞いていたがまさに台湾恐るべし…だなこれは。(後日談:後で分かったことですが、このお店「髭鬚張魯肉飯」(ヒゲおやじ張の店)という日本にも進出してる有名なチェーン店でした。知らず知らずにその本場に行き着いてしまったようです。どおりで美味かったわけだ。)
夜の台北市内
 2日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
台湾高速鉄路(台湾新幹線)、左営、高雄捷運(KMRT)、高雄、蓮池潭、迪化街
まだまだ先は長いので昨晩はほどほどにして切り上げたが、それでも2時間くらいはほっつき歩いてしまっただろうか。その楽しみは今晩以降にも取っておくとして、今日は1日使って台湾新幹線に乗ることにしている。昨日予約した列車は台北発10時の列車で、終点の左営まで行って午後にまた戻ってくるつもりだ。迷ったりして時間をロスることも想定してやや遅めの出発と決めていた。ということで、まずはしっかり朝食はとっておこう。(余談:これは自論ですが、ホテルで安心して朝食をとっておくことは海外へ来たときの基本だと思ってます。でもこの日は、もう少し早く行動を起こしてもよかったようで、もったいないことをしたかもしれません。)ホテルは中山駅の近くにあったのだが、1駅だけMRTに乗るのももったいないので数百メートルほど地下街を歩いて台北駅へ向かう。朝の通勤通学のピークは越えたかどうか分からないが、まだまだ人の往来は多く、みようみまねで駅のラックにあったフリーペーパーなんぞ手にとってみる。(余談:もちろん正確に文章が読めるわけはないのですが、何を伝えたいのかは大体理解できるのでなかなか楽しいです。北京語の省略された字体よりもはるかに分かりやすく、英語の読解よりもできてたかもしれません。)
台北車站
ところで、台湾にはコンビニが多く、特にセブンイレブンとファミリーマートは目立った存在だった。ファミリーマートの一部には「全家便利商店」と表示されてるところもあり、思わず関心してしまう。それから、OK云々とかいうのも多く見られたが、丸に"K"で「サークルK」だということは後になって分かった。駅構内など簡素な店舗もあったが、コンビニの中は日本とほとんど変わらず、飲み物や食べ物などは簡単に調達できる。おにぎりやサンドウィッチはもちろん、お弁当は電子レンジでチン!してくれるし、おでんは「関東煮」と書かれていて、結構人気のようである。それからモスバーガーやスタバの数も多く、これならひもじい思いをすることはないだろう。(笑)ちなみに、お店に一歩踏み入れると必ずと言っていいほど、店員から「コーリン!」と声がかかる。コンビニだけでなくスーパーだろうが露店だろうがお土産屋だろうが、はたまた百貨店や高級免税店まで、ありとあらゆるお店で同じように声掛けがあるので、「いらっしゃいませ!」と言ってるのはすぐに想像できたが、正確には『歓迎光臨』と書いて「ホワンイングワンリン」のように発音し、後半の強い発音が耳に届いて「コーリン、コーリン」と聞こえているようだった。台湾は中国と違ってサービスするという文化が根付いており、何しろどこにいてもこの言葉を耳にする。
台北車站
さて、コンビニの話はおいといて、あらためて台北車站(Taipei Main Station)の様子を眺めておくことにする。日本でいったら東京駅といった感じだが、建物はものすごく立派で荘厳な雰囲気が漂っている。他にも台湾の建物には大きいスケールのものも珍しくなく、どこか大陸の匂いを彷彿させる。ここ台北駅を通る路線は全て地下化されてしまったので、駅舎だけどかーんと鎮座しているが、その雰囲気には圧倒される。新幹線に乗る前に明日の列車の指定を試みたが、全て満席だといわれた。ちょっと困ったが「No Seat(無座)でも言いか?」と聞かれるので、ここでYesと答えると切符は売ってくれる。日本で言ったら立席券のようなもので、とりあえず明日の朝も迷ってウロウロするようなことはないと思う。さて、台湾の新幹線台湾高速鉄路(Taiwan High Speed Rail)といい、台湾高鉄や単に高鉄、あるいはHSRなどと略して呼ばれることが多い。台湾高鉄は、台湾の北に位置する中心都市=台北と、南に位置する第二の都市=高雄にほど近い左営の間340キロを最速90分で結ぶ高速鉄道である。当初はヨーロッパ連合が一式を完成させることになっていたが、その後ドイツの鉄道事故や集集大地震で耐震性が不安視されたことなどもあって日本の新幹線の巻き返しがあって、JR東海ののぞみ700系をベースとした車両=700T型が導入されることになった。その背景には政治的なものも見え隠れしていたらしいが、その変更が大きく影響し寄せ集めのシステムになってしまったことや韓国のゼネコンの手抜きなど問題が多く開業にこぎつけるのに時間がかかったしまったのは記憶に新しいところである。(余談:多分、新幹線というブランドで一式を納入すればこんなことにはならなかったんでしょうけど、技術力だけではどうにもならない難しさのあるようですね。)
台湾高速鉄路(台湾新幹線)700T型 台湾高速鉄路(台湾新幹線)700T型
改札を通りプラットホームに下りると、白地にオレンジ色の車体が視界に飛び込んできた。おお、日本の新幹線とまったく同じだ!当たり前だが、結構感動するものである。早速先頭の方へ行ったりして、パシャパシャ写真を撮ってみたり、それとなく窓から車内をうかがったりしてみる。まるで上野駅にいるかのようで、自分でもテンションが上がってきてるような気がするのが分かった。すると、折り返しの列車が入線してくるようなのでその場で様子を見てると、白いポロシャツ風の制服を身にまとった清掃スタッフが一列に並んでお出迎えをしている。乗ってきた人を降ろした後は「しばらくお待ちください」という意味で出入り口にはロープかけられ、車内では折り返しのための準備が進められていた。おお、いいぞ、いいぞ、すごいぞ、すごいぞ!(苦笑)
台湾新幹線
これから乗車する便は123番という番号がつけられており、速達タイプの列車である。「のぞみ」といったような愛称はついておらず、すべてが12両編成で「普通車」と「商務車」(日本流にいうとグリーン車に相当)の2クラスとなっており「普通車」は3+2席で日本とまったく同じ、指定席は「對號座」自由席は「自由座」と表記される。なお、今日は多くの便で春節期の処置として全車指定に変更されていた。早速指定された車両に乗り込み座席に着く。車内の雰囲気はもちろん、座席のすわり心地やリクライニングの具合、荷物棚やブラインド、座席のテーブルなど、日本の新幹線と見間違うほどそっくりである。車両の連結部や自販機、トイレなど変なところまでついつい確認してしまったが、違うところといえば、キャビンの出入口の自動ドアがセンサー式ではなく押しボタン式だったこと、車内の車端部には大きな荷物を置くスペースがあったことくらいだろうか。
台湾新幹線
小さな興奮を抑えつつ列車台北車站を定刻に出発、ヒューンというモータ音とともにトンネル内を加速するがあまりスピードは出さない。座席はそこそこ埋まっているが、混雑してるというほどではない。次の板橋駅へはすぐに到着、台北同様きれいな地下駅である。暫定開業時はここが始発駅だったが、何となく日本の東京駅と上野駅の関係に近く興味深い。ここから乗り込む人で車内は適当に混雑してきた。列車は板橋駅を出発、地上に出てぐんぐんスピードを増していった。住宅やマンションが多く建ち並ぶ中をしばらく走っていく。やがて車窓は徐々に郊外の風景と変わり、途中、高速道路と交差する。やはりトンネルの数は少なくなく、加速してみたら減速されたりと、思ったよりスピードは出てないようにも思う。台湾の鉄道の特徴として双単線という仕組みがあって、在来線もそうだが、万一の場合どちらかを単線として運行できるシステムをとっている。走っている途中も引き込み線や本線上のポイントが数多くあるのに気がつく。50分ほどで次の停車駅である台中へ到着、この駅も市内の中心から離れた場所にあるため、駅周辺は殺風景である。それでも人の入れ替えは結構あり、東海道新幹線でいうと名古屋か新大阪といった感じのようだ。
台湾新幹線
列車台中を出発しグングン加速していく。これまで遠慮気味に思えたのがうそのように飛ばしていく。台湾新幹線の営業最高速度は時速300キロで、キーンという風切り音を立てて走るのも日本の新幹線と違わずなかなかスピード感があっていい。キャビン入口の上にはLEDで文字列が流れるものも日本の新幹線とまったく同じで、時折、走行スピードが表示されているので、本当に300キロ近い速度で走っているのが分かった。その案内版には中国語に続いて必ず英語で出てくるのだが、漢字の文章でも何となく意味が分かり、続いて英語で正解を確認するといった感じでちょっと面白い。途中停車駅を案内するのはもちろん、禁煙を守らなかった者は10000元の罰金だとか、間違って乗っても慌ててドアをこじ開けずに車掌に申し出なさいとか、大声で携帯電話はせず小声しなさいとか、お年寄りや子連れ、妊娠してる人、大きな荷物を持ってる人は危ないので駅ではエレベータを使いなさい、など、マナーに関することが多いようだった。(余談:台湾では乗り物内でも平気で携帯電話を使ってました。たまたま隣に座った若いお姉さんも時折携帯で話てましたが、メモがしたくなったらしく、突然チョンチョンと突っつかれペンを貸してくれとジェスチャー交じりで話しかけられちゃいました。)
左営
台南を過ぎたあたりから、車窓雰囲気が少しずつ変化してきていることに気がつく。台湾は日本のはるか南、緯度にすると八重山地方とあまりあまり変わらず、北回帰線も通っており、熱帯地方に属している。実際行ったことはないので断言はできないが、東南アジアにでも来たような感じがする。そんなところを弾丸のように走っているのはあらためてすごいことだと思った。いまでは日に数十本、当たり前のように走っているようだが、ここまで苦労してこられた方々に敬意を表したい。そんな新幹線の旅も終盤、定刻で終点の左営へ到着となった。今日も台北近郊はあまり気温は上がらず天気も悪かったが、ここまでくると気候は明らかに違っていた。オレンジの車体は真冬とは思えない陽気に明るい日差しを受けてどこか輝いて見えた。最後に写真など撮っていると、台北で見かけた若い運ちゃんがクチャクチャガムを噛みながら運転席から出てきたのが分かった。ねぇねぇ、ホームでは飲食禁止なんて言っておきながらいいのかい??(余談:開通当初はフランス人の運転手ばかりでしたが、"移譲"はすっかり済んでるみたいですね。)
高雄車站
到着後エスカレータで上の階に上がると、そこには大きな空間があった。未だ新しい駅舎は天井も高く、日本の地方空港よりもはるかに立派である。記念に切符が欲しかったので改札近くにいた人に声を掛けたら、そのまま出てもOKだとの返事が返ってきた。昨日予約したとき、最後の質問で是(Yes)を選択すると切符が回収されないということだったが、その通りだった。左営の駅の中にもコンビニや本屋、ちょっとしたお土産品を売ってるお店があり、のチケット売り場はまるで航空会社のカウンターである。新しい駅舎は台鉄(在来線)も一体となっていたが、そちらは本数もさほどなく人の姿もまばらで若干寂しい感じがした。今日は日帰りでトンボ返りすることにしているが、帰りの便まで4時間ほどみてあるので、ちょっとだけ高雄の街へ行ってみることにした。ここ高雄も最近捷運(地下鉄)が開業し、現在の高鉄の終点である左営や高雄国際空港にも接続しており市内へのアクセスは格段に向上したという。まずはその捷運高雄駅へ行ってみることにした。
高雄
高雄捷運(KMRT)の乗り方も台北のMRTとまったく同じで券売機でトークンを購入して改札を通る。立派なホームドアも兼ね備えて地方の地下鉄とは思えないほど設備は充実していた。車内もそこそこの込み合っており、利用者は多いようだ。正直、台湾南部にこれほど立派な交通システムがあるとは想像もしていなかったが、他の地域でも捷運の敷設は計画されており、あらためて自分が井の中の蛙だったことを実感する。左営から数駅進んで高雄駅で下車し、地上に上がってみるとそこでも賑やかな街並みが視界に入ってきた。高雄駅も歴史ある駅であり、しばらく中の様子をみていく。日本にもあるような駅弁を売って店先で並んでおいてあるものをみていたが、個装の握りずしを自由にピックアップところがあり、あまりにも美味しそうだったの思わず買ってしまった。適当にとってみたが100元そこそこで買えてしまう。駅の建物をあとにして、しばらく歩いてみることにした。
高雄
この大きな道路の下は捷運の路線になっているので、この道に沿って1駅、2駅くらいの間を街歩きしてみようと思う。高雄もまた、整然としてるようなそうでないような、不思議な雰囲気がなんとも魅力的で、建ち並ぶ建物派手な看板を見ているだけで楽しいものである。ところで、台湾にはいわゆる日本のものを扱うショップがところどころにある。雑誌や食品(特にお菓子類)、CD、DVDなどは人気が高いようで、商品の名前やキャッチコピーに中に日的とか北海道とか静岡などいった文字が並んでいるのも目にした。一番びっくりしたのは松阪豚というやつで、"松阪"というのが高級な肉を示す接頭語として使われていたのには失笑してしまった。折角高雄まできたので85大楼やウォーターフロントにも行ってみたかったが、ちょっと調査不足だったのでここは深追いせずに一旦左営まで戻ることにした。(後日談:その後、高雄を再訪する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
啓明堂
三多商圏という駅で再びKMRTに乗車し、そのまま左営まで戻ってきた。先程高雄駅で買ったお昼だったが、ここまで食べる場所がなかったのでの中で軽く済ませることにする。今日の高雄は汗ばむほどの陽気だったが、ダウンジャケットを着込んでいる人がいたかと思うと半袖の人もいたりと、着てるものは結構まちまちである。上から着るものを1枚減らしてシャツに薄手のジャケットという格好でやって来たが、歩き回ってたせいもあって体が水分を補給したがっていた。とりあえずのセブンイレブンで飲み物を買い足しておく。そんな感じなので、台湾滞在で飲み食いに困ることはまずない。時間にしてあと2時間ほど残っているので、午前中とは逆の方角へ行ってみることにする。本当はタクシーで移動するのがいいようだが、タクシーは使わないということにこだわって歩きを貫くことにした。台鉄側の出口に出ると新左営駅と書かれており、駅前は広い通りと空き地が視界に入る。人の姿はまったくなく、タクシーの運ちゃん数名がヒマをもてあそんでいるのかカードゲームに興じていた。いきなり客引きを受けそうだったので、その脇を逃げるように通り抜けていき、さらに数百メールほど行ったところで大きな通りへ出てきた。いつまで待っても渡れそうもない感じだったが、一応押しボタン式の信号のようなのでボタンを押してみるとしばらくし信号が変わってくれた。帰りに迷わないように目印となりそうな看板などを記憶しておき、SLが展示されている昔の駅舎の脇を抜けるとその先に大きな湖があった。夏には蓮の花が咲き誇り、さわやかな香りに包まれところから「蓮池潭」という名が付いたらしいが、本当にそうなのかちょっと怪しいものである。蓮が咲き乱れる人造湖とといえば杭州の西湖を思い起こすけど、雰囲気を似せたようとでもしたのだろか?いや、気のせい??
龍虎塔 春秋閣
の西岸には楼閣が点在しており、一番有名なのが孔子廟である。の一番北側に位置し立派な建物がすぐに目に飛び込んでくる。どうやって中に入っていいのかも分からず迷ってしまった。(後日談:もう少し先へ行ってまわり込めば入れたようです、残念!)の周囲はどうやら遊歩道のようになっており、頑張れば一周できそうなので思い切ってまわってみることにした。孔子廟の南には天府宮と紫玄宮がある。さらに進むと北極玄天上帝像という道教の神様の像が建っていた。その先には啓明堂という廟があり、少し立ち寄って中まで入ってみることにした。ここは商売の神様として人気が高いようである。道を挟んでその正面にある春秋閣龍の像の上には天女の姿をした観音像が立っていた。楼閣に登ったあと龍の中に入ると天女の絵が描かれていて、寄付をすると謝謝といってそこにいたおばちゃんがお経本のようなものを渡してくれた。さらにの先には中国式東屋の五里亭が浮かんでいる。色鮮やかな建物はまるで遊園地のアトラクションようだが、そういった場所ではなくそれぞれ意味があって祀られているらしい。
蓮池潭
さらに南の方へ進むと慈済宮へとたどり着く。ここには医学の神様が祀られてあるとのことで、中は目を見張るばかりの煌びやかさだった。さて、その正面にあるのが龍虎塔、ここは高雄のランドマークのひとつでガイドブックなどでも紹介されている。ふたつの塔に向かって架けられたギザギザ状になっており、これは悪いものがまっすぐやってこないように…という意味があることを後から知った。それぞれのにはが大きな口を開けて待っているのだが、龍はいいもの、虎は悪いものという意味があり、向かって左の龍の口から入って右の虎の口から出てくると、災いが消えて吉が増すというらしい。そのときは、実はそんなことも知らなかったのだが、逆に入らなくてよかった。最後に7階建ての塔に登りあらためて湖の方角を眺める。意外と高いな…。心地よい風を受けてひと休みするのもなかなか気持ちがいいものである。今日は平日だったこともあり、ほとんど人はやって来なかった。徐々に時間が押してきたので、左営旧市街を後にして南岸から東岸へと歩いていく。
高鉄
さっきまで対岸に見えていた大きな孔子像の前を通り、ひたすら歩き続け元の場所まで戻ってきた。レンタサイクルもあるとは聞いていたが、ここまでまったく分からずじまい、まぁほどよい疲労感もいいものだ。あとは迷わないようにして駅まで戻ることにしよう。どういったたぐいのお店だがよく分からないが、中では大音響でカラオケをやっていて軒先ではおじいさんがまったりしていた。気をつけながら先程の大きな通りを渡り、ちょっと寂しい感じのする人影のない裏手へとまわってみる。そんな何気ない日常の風景が逆に印象的でキョロキョロしていると、どこにいたのか細い体つきの野犬に吠えられてしまった。おっと、びっくり、さっさと立ち去れってことね、きっと。
高鉄の沿線の風景
左営駅に戻ってくるとちょうどいい時間になっていた。帰りの新幹線も指定をとってあるので座席の心配をする必要もない。できれば高雄で一泊してもいいくらいだったが、今日は日帰りで台北まで戻ることにする。かつては自強号で4時間半ほどかかったところも、新幹線のおかげでこうして楽に日帰りが可能となった。以前は飛行機も飛んでいたらしいが、新幹線の影響は大きかったようで、台北高雄線だけでなく、台中線、台南線なども大打撃だったらしい。他にも長距離バスという交通手段もあるが、値段をとるか、時間をとるかでそれなりに住み分けできているという。台湾は日本でいったら九州ほどの広さだというが、知れば知るほど興味を覚えるものだった。
台中
一旦ホームに下りると簡単には戻って来れない仕組みなっているので、しばらくベンチに腰をおろしてボーっとしていた。目の前には日本の企業の大きな看板がある。こういう何もしない時間がたまらない。これで治安でも悪かったら、ぽつんと一人でいたり、街の裏手をウロウロしたりするなんて以ての外だが、本当にいいところである。用もなくお土産を覗き込むと、やっぱり歓迎光臨と声を掛けられ、そのうち日本人であることを感づくと気軽に日本語で話しかけてくる。外国にいる気がしないといえばそれまでだが、変なストレスはまったくなく、二度三度と台湾へやってきたくなるのはよく分かった。(後日談:案の定、台湾には何度か再訪しています。そのときの旅日誌はこちらこちらをご覧ください。)さてと、ホームに下りて帰りの新幹線に乗り込むことにしよう。
迪化街
外は少し日が陰ってきたようだった。ところで、台北駅左営駅の間の運賃は1490元、日本円で5千円弱といったところだろうか。商務車だと1950元とやや割高だが、自由座は1385元と若干安めになる。また、曜日によっては料金が割引になる便が設定されており、15%引きと35%引きの2種類の割引設定があった。帰路に利用した列車の番号は144、左営15時半発、台北には17時に着くのぞみタイプである。かつてはノンストップ便もあったのだが、この停車パターンとこだまタイプの各駅停車の2パターンが一番多い。他にも朝夕の区間便や春節多客期対応の臨時列車が設定されていた。このあたりは時刻表を見ればすぐにわかる。列車は左営を定刻に出発、着席率は70~80%程だろうか、かなり混雑していた。帰りの列車も時速300キロで快調に飛ばしていく。この便には女性の車掌さんが乗務しているようで、また車内のワゴンサービスも日本の新幹線とほとんど変わらず、飲み物やお菓子のたぐいがよく売れているようだった。(後日談:後日、世界ふしぎ発見というTV番組を見てたら、女性の車掌さんもいます…と紹介され、この車掌さんが映ってました。)数時間前に通ったところではあるが、帰りもまた飽きもせずに車窓に目を向けていた。少し霞かかった熱帯の大地列車は力を緩めずひたすら走っていた。
迪化街
往路同様、台中で大きく人が入れ替わる。混雑具合もあまり変わらない。(後日談:その後、台中を訪れる機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)途中、山岳コースの勾配で減速したものの列車は順調に走り続けていた。北上するにつれ日差しはなくなり、雲の厚さも増してきてるようである。桃園あたりから次第に雨も降り出してきていた。淡水河を渡ってしまえば、もう終点は目前である。地下にもぐり列車は板橋駅へ到着、何割かの乗客を降ろし最後のひと区間へと向かう。列車はスピードを落としたままやがて終着の台北駅へ到着。楽しみにしていた新幹線の旅も終わりとなってしまった。名残惜しいがこれでホームを後にする。最後に、朝寄れなかったショップに寄り、記念に新幹線グッズをいくつか買っておくことにした。(後日談:その後、再び台湾高鉄に乗る機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
迪化街
外に出ると雨は降っていなかった。どうにか持ちこたえてくれないか、とりあえず運を信じて空に祈るばかりである。今夜も夜のアジアン・カオスを楽しみたかったので、昨日とは別の迪化街というところへ行ってみることにした。場所は分かるがそこまで行く交通手段が分からないのでまた歩いていくことにする。映画の中にいるかのようだ…と言ってしまうのは大げさかもしれないが、目に入ってくる光景はとても刺激的で思わずキョロキョロしてしまう。何分くらい歩いただろうか、あたりは暗くなり迪化街の入口に到着した。ここも古い景観が残っていて、露店の数も多く怪しい雰囲気が楽しめそうだ。昨日の寧夏路夜市も十分楽しめたが、明らかにこちらの方が人の数も多く、また怪しさも増してるような気がした。秋葉原駅前にでもいそうな玩具売り、強烈な色の包み紙のお菓子加工イカの袋詰め大会(?)微妙な素性の飲み物を取り揃えたお店、無造作にこれでもかと店先に並べられたカラスミ、行き交う人の数は増えすばかりで、ますます混雑してきて、人にぶつかりながらも何とか前に進む感じである。この世界はなんと表現したらいいだろうか、妙にリアルな夢を見せられてるような不思議な感覚に陥る。そんな中、何度も何度も試食や試飲をすすめられ、多少やばそうでもとりあえず勢いで口に含んでみる。これだけでお腹いっぱいになりそうだが、おかげで夢ではなく現実に自分はここにいるんだというのが実感できた。
迪化街
といいながらも、食欲は抑えきれないもので、今日は屋台に挑戦してみることにした。言葉が通じないので欲しいメニューを伝えるられないのがとてももどかしいが、もし二度目があるとしたら今度は指差しメニューじゃなく自分でオーダーできるようにしたいものである。と、それでも1箇所だけ人々が列を成してるところは何となく気になり、注文も簡単にできそうなので今晩はそこで食事をとることに挑戦してみることにした。まるで配給所のような光景だったが、焼きビーフンと海鮮類がふんだんに入った大鍋スープだけのシンプルメニュー、だがこれが妙にこれが気になってしまった。トレーに料理をのせると、スープに何かドバっと液体の調味料が加えられる。100元札を出しておつりがくるくらいなので、仮に不味くて残しても後悔する必要はまったくない。お店に隣接したところには何十ものテーブルが並んでいたが、すでに人でいっぱいである。どうにか空いてる場所を探し、激安&超B級料理を試してみる。先程入れてた調味料は予想通り酸っぱい味がするので、ガーっともう少し乱暴にかき混ぜてみる。ひとくちすすってまたひとくちと続けてみると、なんだ全然いけるじゃないか!なんだ、なんだぁ、焼きビーフンもすごく美味いぞ!!熱を通してあればとりあえず大丈夫だと聞いていたが、夜市の屋台でめぐり合ったB級グルメには大満足だった。これでまたひとつ念願が叶ったようである。
迪化街・屋台料理
 3日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
台鉄/自強号、瑞芳、平渓線、十分、菁桐、九份、松山、饒河街観光夜市
昨日の新幹線とはぐっと趣を変えて、今日はローカル線の旅へ出てみようと思う。昨日の朝のんびりしすぎた分の代わりというわけではないが、今朝は台北駅を7時半に出発する列車を予約してある。本当は9時半の列車と考えていたのだが、昨日の時点で既に空きはなく窓口のお姉さんから「ひとつ後の快速にしてはどうだ?」とすすめられたが、それじゃ遅すぎるのでNoと返事をした。少し悩んでじゃぁ1本前はどうだ?とたずねるとやっぱり満席(No Sheet)とのことだった。正確に言うと『No Sheet』という回答は『空席なし』という意味だけでなく「『無座券』(切符にもNo Sheetと表記される)なら出せるけどどうする?」ということも意味している。じゃぁ『無座券』で行こうと伝えたら7時時半の方を出されてしまい、面倒なので結局そっちの列車に乗ることにした。まぁ、旅の朝は早いに越したことがない。(これ、基本?)
台鉄・自強号
今日もひと駅分を歩いて台北駅へ向かう。ホームに下りる前にあらためてこの立派な駅の様子を見ておく。コンコースにはローカル線の写真なんかもあって、見てるだけでわくわくしてくる。在来線のホームは高鉄のホームに隣接しており、新幹線もよく見える。朝早いせいか、土曜日のせいなのかはっきりしないが、少し閑散としてるようである。ちなみに、台湾の生活パターンはどちらかというと宵っ張りの傾向にあるらしく、デパートも通常は21時過ぎまで、時期によっては22時まで営業している。区間便と呼ばれる普通列車を何本か見送ったあと、目的の自強号(東部幹線対号列車)が入ってきた。この列車は言わば特急列車といったところで、何両もの客車を前後機関車で挟んだ形で編成されている。いわゆるプッシュプル型というやつだが、先頭に立つ機関車はあまり機関車という感じがしない。何となくJR九州の白いかもめや白いソニックのような面構えである。(後日談:その後、東部幹線に乗る機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)まずは写真に収めて、置いてかれないように慌てて乗り込む。車内はほとんど席が埋まっており、指定を持ってるわけではないので、しばらく立っておくことにした。ところで、その『無座券』だが、日本でいったら立席券のようなもので満席のときに発券される。日本と違うのは「席が空いてれば座っていい」というルールになっており、逆に「指定券を持った人が来たときにどけばいい」みたいな使われ方をする。近くに"無座"を持ってそうなお兄さんが同じように立っていたので、すぐ後ろで様子をみることにした。
瑞芳駅 瑞芳駅
台北の次の松山駅を過ぎると列車は地上の区間へ出てきた。正直なところ加速はあまりよくない。しばらく入口付近に立っていたが、目の前の席には人が来る気配がなかったので、そのお兄さんを見習って腰をおろすことにした。『無座券』でも料金は一緒で、指定料金という仕組みはないらしい。今日は昨日とは打って変わってかなり冷え込んでおり、また天気も悪く、時折小雨も降っているようだった。外は薄暗く、どこか寒々している。台北市街を離れるにつれ、山間の風景に変わってくるのだが、狭い土地に高層住宅が密集して建っている。山の中腹にまでも立派な建物があり、少し東京とは異質な感じがする。しばらくして、車掌さんが回ってきて途中から乗ってきた人の検札を行ってるようである。『無座券』を見せると、ウンと小さくうなずくだけでスタンプは押さずに返してくれた。ローカルな駅をいくつか通過し、次に停まった駅で例のお兄さんは降りていった。乗り過ごしたらいけないので次の停車駅だけは間違えないように注意しておく。幸いにも自強号の車内では停車する次の駅の案内が出されるので、そいつを注意しておく。日本でいったら「名古屋を出ますと次は京都に停まります」という意味だと分かる。台北駅からは40分弱で瑞芳駅へ到着、ここで列車を降りて自強号を見送る。なぁ~んだ、これなら台鉄も乗りこなせそうだぞ。(笑)
台鉄・莒光号
瑞芳駅に降り立つと外は小雨が降っていた。平渓線(ピンシーセン)は、基隆河の上流に沿った山深いところをいくローカル線である。沿線にはかつて炭鉱で栄えた町の名残が遺構のように存在しており、この地域の鉱物運搬を目的に敷設された路線だという。平渓線の始発駅である瑞芳駅(ルイファン)は九份(キュウフン=にんべんに分が正しい)の入り口でもあり、終点の菁桐(チントン)までは距離にしてわずか12キロほどである。だいたい1時間に1本くらい、日本製のディーゼルカーがのんびりと往復している。日本で言ったら旧足尾線といったところだろうか。一時期はかなり廃れてしまったたこともあったらしいが、いつの頃からか観光路線として注目されるようになったという。途中の平渓や十分(シーフェン)今はでも古い町並みが残っており、日本にも知られた場所である。特に十分の街は、天燈飛ばしや線路に面した老街の光景など、多方面で紹介されるようになり、今回も新幹線ともうひとつ、どうしてもここだけは行っておきたい場所だと思っていた。
瑞芳
瑞芳駅はホームの中央部が改札となっており、駅員が乗り降りで往来する人々をさばいていた。もうホームにいるだけでこの古い駅のたたずまいを実感できる。その駅員に手元の乗車券がもらえないか頼むとすぐに「そのスタンプを使いなさい」と返事が返ってきた。何のことはない、同じようにやってきた観光客もまたそのスタンプを自分の切符に押しているところだった。平渓線には一日乗車券があるのを知っていたので、早速購入する。価格は54元、終点まで片道30元なので単純に往復しただけて元は取れてしまう。(余談:正確には『一日週遊券』で、"周遊券"ではありませんでした。)階段を下りてやや古びた地下道を通り駅舎へ向かう。こには日本じゃないな…と感じる通路を通り抜けていくと、こじんまりとした空間があり駅前の広場に通じていた。十分にローカルな駅だったが、一角にはやっぱりコンビニがあり改装して作ったと思われる観光案内所などもあり、英語や日本語のパンフレットが置いてあった。一旦の外へ出てみると、山間でありながら妙に賑やかな街並みが続いており、駅前の大通りはバスと車の往来がある様子だった。手前には夜市に出てるような屋台も並んでおり、どこかテレビか映画で見たような異国情緒漂う風景がまさにいま目の前に広がっていた。こんなところをただ歩いてるだけで一日つぶせそうである。
平渓線・大華駅
あらためてホームに戻ってくると、たまたま莒光号が入ってくるところだった。その台北行きの列車を見送り、平渓線へ直通する区間便がやってくるのを待つ。今度の列車は手前の八堵が始発駅で、適当に客を乗せてやってきた。いかにもローカル線という雰囲気のするディーゼルカーに乗り込み、そのまま宜蘭線(東部幹線)を2駅ほど進み、三貂嶺駅で分岐したあといよいよ渓谷沿いを進むことになった。次の大華駅で一旦降りて、最初の目的地である十分瀑布まで歩いてみることにする。ところが、ここから十分瀑布まで通じる道はない。週末は観光客がぞろぞろ線路を歩いていくと思ってたのだが、他に降りた人の姿はまったくなかった。とてつもなく寂しいところで降りてしまったが大丈夫だろうか?一抹の不安を感じつつ本当は入ってはいけない線路の上を歩いていくことにした。しばらくいくと確かトンネルがあるのだが、なかなか見えてこない。距離にして1キロもないはずのところが異様に長く感じられた。空模様は曇天のまま、気温も低く分からないかくらいの霧雨が降っている。川の流れの音がする中、足元ははっきりいってよくない。そんな「スタンド・バイ・ミー」の世界をひとりトボトボ歩き続け、ようやく例のトンネルが見えてきた。立ち入り禁止と書いているが、前に進まなきゃいけないので意を決して真っ暗なトンネルへ入っていくことにする。
十分瀑布
遠くに出口が見えるだけで中は本当に漆黒の闇だった。これで列車が来たら命の保障はないかもしれない。ダッシュして少しでも早く抜け出したいところだが、足元すらまったく見えないので小幅な足取りでちょこちょこ進むしかなかった。どうにかこうにかしてトンネルを抜けると、遠くから水の音が聞こえてきた。ようやく道らしきものがあらわれ少しだけホッとする。まだ時間が早すぎたのか人の気配がまったくしない。十分瀑布は台湾のナイアガラとも言われ、さほど大きくはないがなかなか美しい姿をしただということらしい。あれ、おかしいな?が閉ざされているぞ??中の様子をうかがっていると奥のほうから怖そうな犬を引き連れて、何か怒鳴りながらひとりのおっさんが出てきた。何って言ってるのか分からないが、険悪なムードに圧倒されここは立ち去るしかなかった。何か訴えようとしている横断幕も出ており、ただならぬ状況だということはすぐに分かった。台湾政府からも警告が出ていて、どうやらトラブってるようだ。残念だが滝は諦めるしかないな…。(後日談:敷地の一部が個人の所有なので見学料は180元もします。なぜか一日週遊券を見せると100元になるようですが、いざこざがあってから見学できないようになったことは後から知りました。)
十分
寂しく吊り橋を渡り、の様子を少し見てから十分の町まで行くことにした。合ってるか間違ってるか分からないが、お店らしき建物の合間を抜けて先へ行ってみるとやせこけた野犬が数匹うろちょろしており、こんな場所はさっさと立ち去りたいと思った。少し広い通りにはできてきたものの、走ってる車もなくこんな田舎の山道を歩いていていいのか、さすがに不安になってきた。仮に間違ってたとしても先に進むしかないのだが、しばらく行くと平渓線の線路が見えてきたので、もう少しすれば十分の町には出られるような気がする。踏み切りを渡った先で1、2台車とすれ違い、不安な気持ちは少しずつやわらいできた。その道から少し脇に入ると、住宅が並んでおり生活のにおいが徐々にしてくる。ごみ収集車がチャイムを鳴らしながら通り過ぎていき、坂を下りたところで十分の町まで出てきたようだった。といってもそんな立派なものではなく、寄り添うようにして数十件の家々があるだけの小さな町である。道は平渓線に沿うようになって、ここが今回目指していた場所だということを確信した。線路沿いには怪しげなお店や古びた民家が隣接しており、人々はそこが線路であるという認識もないまま行き来していた。赤いちょうちんがぶら下がり、やや暗い天気ではあったが、寂れたような町並みが何ともいえない。思わぬ大冒険になってしまったが、来たい来たいと思ってた場所にようやくたどり着くことができた。
十分
十分の町での最大イベントといえば天燈節(祭り)で、願いごとを書いた天燈(ランタン)を熱気球のようにして空に上げるという。そんな光景もぜひ見たいものだと思った。一旦十分駅へ行ってみると、田舎のちっちゃなではあったが、有人駅でATMや売店などもあり、先ほどの大華駅とはまったく様子が違った。踏切などないので、再び線路を渡り大きな吊り橋を渡って古い町並みの中を歩いてみた。普段の自分が暮らすところとはまったく異質の世界だったが、作り物ではない現実の世界がそこにある。こうしてるだけで気持ちが穏やかになってくるのはなぜだろうか?
十分
そろそろ列車がやってくる時間なので再び線路沿いで待ち構えることにした。直前まで人が行ったり来たりしてるところを列車は通りぬけていった。ちょうどいま、偶然にも「世界の車窓から」でここ平渓線が紹介されていたが、本物を自分の目で確かめられるとは思わなかったのでちょっと感動ものである。いやぁ、本当にきてよかった。十分駅平渓線の中で唯一交換設備のある駅である。今日は十分の老街の軒先を列車が通っていくところを実際に間近で見ておきたかったので、1本見送ってその様子を写真に収めておくことにした。いやぁ、本当にいいものを見せてもらった。1本見送ってしまったので、さらに1時間待たなければならないが、その時間を利用してもう少し近くをまわってみることにした。航空会社の機内誌にでも出てきそうな、何もない日常の風景がまたいい。たまたま見つけた地元のもとても印象的だった。
十分
何もしなくても時間が過ぎていき次の便がやってくる時間になった。先程と同様上下交換して、それぞれの列車がそれぞれの方向へ向かって出発する。再び下り列車に乗って、終点まで行ってみようと思う。列車は相変わらずのんびりと進んでいき、平渓を後にして菁桐へ到着、小さな駅舎がポツンとある感じでまたいい。駅前の狭い土地にはお店が数軒あるだけだった。線路のすぐ脇にも遺跡のような廃坑があるのだが、周囲には他にも廃坑が数多く残ってるらしい。ひなびた何とも寂しい空気が漂っていた。いま着いた列車は数分もしたら折り返していってしまうので、ここでも1本見送ることにした。十分と同様、目の前を去っていく列車を見送り、しばらくあたりを歩き回ることにした。野犬に吠えられ逃げ惑うカップル、新しくできたと思われる展示館駅前のお店でニコニコしながら話しかけてくるお婆ちゃん、だからといって面白おかしいものは何もなかったが、過ぎ行くゆったり時間はどこか贅沢で、帰るのがとても惜しく感じてきた。時間にしてお昼ちょうど、また1本見送ってしまうと1時間経ってしまうので、このあたりで瑞芳駅まで戻ることにした。
平渓線・十分駅
瑞芳駅行きの列車には、運転席の横にいわゆる"かぶりつき席"があるのでそこを陣取る。時間も時間だからか、この運ちゃん、弁当片手に運転している。のんびりとしたものだが、まぁ、それは見なかったことにしておこう。菁桐を出たあと、あらためて十分タブレット交換を見てやがて瑞芳へ到着、本日のローカル線の旅はここで一旦終了となった。すっかりお昼をまわっていたので、どうしようか悩んでいたところ、駅構内駅弁の立売りをしていたのでそいつを試してみることにした。昔、日本でも見られたスタイルで何人かが売り子をしていたが、近くにいたあどけない表情を残した少年に向かって1つと指を立て60元を支払うと、謝謝という言葉とともに毛布にくるまれた中からひとつ弁当を取り出してくれた。(余談:台湾では弁当は"便當"と書きます。)手に取るとほのかに暖かい。とりあえず駅舎に戻って冷めないうちに食べてしまおう。ふたを開けると、ご飯のうえにおかずがのってるだけのとてもシンプルなものだった。日本の幕の内のようなつくりとはまた違い、このようなスタイルがこちらでは一般的だという。早速ひと口パクつくと、、、おお、これもなかなかいけるじゃないか。台湾での白いご飯の炊き方は日本人の口にも合い、これはちょっとな、、、と引く場面はほとんどない。これなら先程平渓線の運ちゃんも美味そうに食ってたのも分かるような気がする。瑞芳の市場まで遠征することも考えていたが、一度試そうと思ってた駅弁でも十分だった。
菁桐 菁桐
このまま瑞芳探索を行ってもいいのだが、今日の午後はさらに別の場所へ移動する。これまたぜひ行きたいと考えてたところで、瑞芳からならバスで15~20分ほどで行ける距離にある。右側通行であることを忘れないようにして、駅前の通りを向こう側へ渡り目的のバスを待つ。ここからは『九份/金瓜石』行きのバスを待てばいいだけなので、そう迷うことはないはずである。下調べ通り基隆客運のバスはすぐにやってきた。おつりは出ないのであらかじめ確かめておいた料金を運賃箱へ入れて、車内へ乗り込む。日本円にして60~70円、ここも破格値だったが、運転手もいくら入れたかなんてあまり確認しないようだし、多めに払っておけばホントに構わないようだった。立っていると危ないので席に着き、周囲の様子を見ながらしばしバスに揺られていくと、やがて坂道を登りはじめ右に左にとカーブを切って行く。どこまで行っちゃうのかな…なんて考えていたら、遠くに海が見えてきた。あっ!と思わず声を出したくなるくらいの絶景である。坂の途中でバスは停まり運ちゃんが何か大声でしゃべっていたので促されるようにしてそこで降りてしまった。バスに乗ってる時間があまりにも短かったので本当にここでいいのか不安になったが、展望台に人が集まっていたので自分も向かってみると、これまた素晴らしい景色が目の前に広がっていた。事前に調べたときは、九份というバス停があっても、そこでは降りずに坂の上の方の旧道というバス停までいくべし!ということだったが、九份のバス停も旧道のバス停も気がつかず、それでも降りた場所は目的地だったので結果オーライとしておこう。セブンイレブンと郵便局とスタバ…なんだやっぱりここじゃないか。きちんと九份入口と書いてあるし。(苦笑)
九份 九份
九份の町の由来は「開墾した土地を9人で分けた場所」あるいは「買ってきたものは9家で分けるくらい寂しい場所」ということらしい。そんな辺鄙な場所に突如ゴールドラッシュが訪れ一大歓楽地が形成されたものの、日本統治が終わり金脈も掘りつくしてしまうと一気に廃れ、再開発もされないまま廃れていったという。ところが過疎のまま手付かずだったのが逆に幸いし、ある映画の舞台になったのをきっかけに再び脚光を浴びて、いまでは台湾を代表する観光地になった。日本では千と千尋の神隠しのモデルになった町ということで知られるようになり、知名度もぐんと上がったようだ。この町はまるで別世界、活気に満ち溢れたお店が狭い道にずらりと並んでおり、狭い入口の先には迷路のような狭い路地急な階段が入り組んでいる。そんなところを、多くの人が歩いていた。気がつけば自分もキョロキョロとしていたが、いやぁ本当にいろんなところがあって興味はつきない。夜市を思い起こすような露天、妙な格好をしたおばちゃん、ずらっと並んだお菓子、強烈なにおいを撒き散らす臭豆腐を売るお店、なかなか趣味のいい感じのするお土産屋、洗練されたカフェ、どこか懐かしさを残しつつも怪しい雰囲気いっぱいで、まさにおもちゃ箱をひっくり返したような空間がそこにはあった。そんな路地を何回か行き来し、上の方から徐々に下の方へ下りていくと、この異質な空間からも遠くに海が見えたりと実に摩訶不思議な雰囲気に包まれていた。下までおりて来るとみんなそこで記念撮影をしており、なるほど人気のある場所だということがよく分かった。
九份 九份
から出てきた場所には目印の交番があり、九份のバス停もしっかりそこにあった。さっきはどうして気づかなかったんだろう。歩きっぱなしだったので少し疲れたが、あとは時間をみながらボチボチ帰ることにしよう。来た通り逆にたどれば台北まで行けるのだが、松山まで直行するバスがあるので、帰りはそいつにしよう。ここから山を越えた先の港町=基隆(キールン)に行くことも考えたが、そこまでは調べ切れてなかったのでやめておくことにする。しばらくして『台北/九份・金瓜石』と表示されたバスが近づいてきたので、大きく手を上げてそいつを止める。念のため「松山站」と書いたメモを見せると「セブンティーファイブ、ナナジュウゴエン」と相変わらずぶっきらぼうな返事が返ってきた。もちろん、これが台湾流のスタンダードな応対なのは分かっている。おつりが要らないよう前もって準備しておいた75元を料金箱に入れ、空いてる席に着く。今度はカーブの続く坂道を下っていくのだが、バスに弱い人はやめておいた方がいいかもしれない。瑞芳まで戻ってきたところで、途中運ちゃんが自分のためにコーヒーらしきものを買い(余談:台湾ではよくあることらしいですね。)しばらく東部幹線沿いに進んだあと、途中で高速道路に入り台北市内までショートカットすることになった。所要時間にして1時間くらいだろうか、これで75元、日本円で250円程度と考えるとやっぱり破格値である。
九份
高速道路を下りたあともしばらくあたりの様子を眺めていた。よし、ここだ!今度は松山のバスターミナルに着いたのが分かった。台鉄の駅の建物が遠くに見えたが、地下化がひと段落したあとも未だ大きな工事が行われてるようで、どこをどう行けば近づけるのかすぐには分からなかった。気がつけば早いもので時計を見るともう夕方といった感じである。それもそのはず、午前中はどっぷり山間の老街の雰囲気にひたったあと、九份で時間を過ごしてきたのだから当たり前といえば当たり前である。いやいや違う、あれほど方々を歩き回って、なおかつまったりした無駄な時間も過ごしたのに、まだ夜にもなってない…と言った方が正しいかもしれない。今日一日で二日分も三日分も過ごしたような気がしたが、今夜は饒河街観光夜市に寄ってみようと思う。
松山駅
饒河街観光夜市は他の有名な夜市に比べるとやや規模が小さいというが、それでも通りには多くのお店がひしめき合い、活気があって賑やかなところだということには変わらない。ちなみにこの夜市は台湾で最も古い夜市だという。夜市の入口近くには慈祐宮という廟があり、ちょっと立ち寄ってみることにした。中にはなにやら女神さまが祀られており、なかなか雰囲気のあるところである。とりあえずあてもなく行ったり来たりしてると何となく小腹が空いてきたので、先程入口近くにあった行列のところまで戻ってみることにした。名物・胡椒餅とか書いてあり、様子をうかがってると中には10個、20個まとめ買いしてる人もいる。これは美味いに違いないぞ…そう信じてまずは列に並ぶことにした。作り方を見ていると、ひき肉やらネギやら入った具を饅頭の生地みたいなもので包み込み、最後にくるくるっと丸めて、あとはかまどで焼いているようだ。恐らく中華まんかお焼きみたいなものだと思う。そのかまどというのは、インドでみたタンドリーのような感じで、内側の壁にぎっしりと餅を貼り付けている。しばらく待って、ようやく自分の番がまわってきたところでいつものように人差し指を突き出して、ひとつと注文する。その場で食べ歩きできるように紙に包んでもらいまずはひとくちパクリと喰らいつく。かまどに直接張り付いていたので、外側の食感は餃子に似てややパリッとしていた。中からはスパイシーな具とともに肉汁がじゅわーっと出てきて、その熱々がたまらない。う~ん、うまいぞ、これ!!台湾はどこへ行っても美味しいもので溢れているというのが、本当にそうだと思った。
饒河街観光夜市 饒河街観光夜市
饒河街観光夜市があった方とは別の方角をちらっと見てみたが、そっちも賑やかな様子だった。大きな通りの向こうには洋服や日用品を扱うお店が続いていたようで、原宿か渋谷みたいな感じがする。松山駅MRTが通ってないので、台北駅には台鉄に乗って戻ることにする。わずかひと駅だが地下鉄と比べると少し本数は少ないようであるが、ここも悠遊カードが使えるので移動するはまったく苦にならない。区間便と表示された電車はすぐにやって来てたのでそのまま乗り込む。何のことはないごくごく普通の通勤電車だったが、10分ほどで台北へ到着。いやぁ歩いたなぁ~。
饒河街観光夜市
確かに今日は散々ほっつき歩いたが、まだまだ終わらない。(笑)台北駅のすぐ隣には新光三越というデパートがあり、今日は最後にここへ寄ってみることにした。台北101ができる前は台北市内で一番高い建物だったらしいが、いまは展望台も閉鎖され、主役の座を引き渡した形になったという。この建物の低層階がデパートで、その名の通り日本の三越が絡んでおり、地元台湾の新光グループと手を組んでできたのがこのデパートである。ちなみに台北駅前の他にも何店舗も展開している最大手のひとつである。また、三越のほかにも台湾にはそごうや高島屋などが進出しており、日本のブランド力の強さがうかがえる。特に買いたいものがあるわけでもないが、さらっと見ておきたいと思う。中のつくりは日本の百貨店と何ら変わらなかった。高級ブランド品や化粧品を扱うショップから始まり、衣料関係のフロアが2階、3階と続く。本や玩具を扱うお店も少しはあるのだが、このあたりは専門店に行った方が面白そうである。値段は日本に比べると確かに安いみたいだったが、いまは為替レートの影響が大きいようである。特に目的があったわけではないのでさっと見たあと、最後に地下階へ行ってみることにした。
台鉄・区間便
空港でお土産を買うと高いので今日ここで買ってしまうことにした。途中荷物になるのは嫌なのだが、滞在中はホテルに置きっぱなしで構わないのでそれは問題ではない。ここまでお土産についてはまったく何も考えてなかったが、太陽餅と鳳梨酥の文字を多く目にするのでどちらかにすることにした。方々で試食もできるので鳳梨酥の方を試すと、パイナップルケーキだということに気付く。なぁ~んだ、鳳梨ってパイナップルのことか…パッケージの絵もパイナップルじゃないか。何も知らないなんてそんなもんだったりするのわけで…。(笑)必要な個数を頭の中で計算しているとお店の人からは例の「コーリン!」に続いて「いらっしゃいませ」と声がかかる。物欲しそうにお土産品を見ていれば、そりゃぁ日本人だと見られても不思議ではない。「20個入りのを3箱ください」「あれ、お客さん先月も来た?」「いや、台湾きたの初めてなんですよ」「そうかしら、前もいっぱい買ってくれた人に似てたから…」年配の女性店員の流暢な日本語に会話も弾む。正直にそう言ってるのか、セールストークなのか真意は分からないが、典型的な日本人顔をしてるのはまぁ確かなので、、、と、そんなことはどうでもいい。「今日はパイナップルケーキがいっぱい売れちゃってね…」そういって、箱詰めしはじめたが、「あれ箱がひとつ足りないわ、お客さん小さいのふたつでもいい?」「ええ、構いませんよ」「ああ、やっぱり箱あった、今日は本当にいっぱい売れてね、これで全部なくなっちゃったの、ほんと嬉しいわぁ。」小さな箱に小分けにしてあった分までかき集めていたので、本当に今日は売り切ってしまったようである。カード精算して商品を受け取るとサインを見て「マツヤマさん?」「いえいえ、○○○○ですよ」「そう○○○○さんね、私△△△っていうの、ここにお店があるから台湾来たときはまた寄ってくださいね」そういって名刺を渡される。去り際にカウンターの中から外に出てくると満面の笑みで両手を振りながら「ありがとう!」と言ってお見送りまでしてもらった。台湾のこういう人懐っこいところが日本人を惹きつけてやまないのだと実感する瞬間だった。
慈祐宮 慈祐宮
饒河街観光夜市でも食べ歩きはしてきたが、食事という感じではなかったので少し物足りなさを感じていた。おいおい、また喰うんかい!ということで、今晩は地下階にあるフードコートを試してみることにする。日本のデパ地下はどちらかというと持ち帰りのお店が多いが、台北駅前の新光三越の地下階はフードコートになっていて、数多くのお店が並んでいた。日本でも大きなショッピングセンターにこういう感じところがあるにはあるが、何となく高速道路のサービスエリアの軽食コーナーに近いような雰囲気である。ただちょっと違うのは、ところどころ刺激的な匂いが漂ってるのと、熱気でムンムンしてるところだろうか。観光客が来るようなところでもなさそうだが、いかにも庶民の味方(?)といった感じでとても賑やかである。きっとここも馬鹿にできないぞ、よし心して掛かるか?(謎)ざっと見たところ席は混雑しており、しばらく待って空いた席をまずは確保する。例によって指差し注文してお金を払い、その場でしばらく待って出てきたものをトレーにとって席に戻る。適当にセットメニューを選択したが値段は100元そこそこ、日本円で300~400円くらいとこれまたリーズナブルである。味の方は飛び抜けて美味いというほどでもないが、それでもなかなかどうして、いわゆる庶民の味っていうやつだろうか、本当にどこへ言っても食べ物に困ることはない。今日もいろいろあったが、いやぁ長い一日だった。
新光三越
 4日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
中正紀念堂、大龍峒保安宮、孔子廟、忠烈祠、故宮博物院、淡水、士林夜市
初日、2日目は、新幹線ローカル線と小紀行のようなことをしてきたが、今日は台北市内にあるいわゆる見所をいくつか巡ってみたいと思う。台北市内にも歴史的な建物博物館など見るべきものは多く、そんな中からいくつか選択して1日かけてまわってみることにした。ただ、出来合いのツアーに参加するのも面白くないので、限られた1日をうまく使って、まぁあまり欲張らずに行きたいと思う。今日も朝飯をしっかりとってから出掛けることにする。朝一番で向かったのは中正紀念堂、今日は中山駅からMRT淡水線に乗って、3駅先の中正紀念堂駅で下車する。地上に上がるといきなり大きな建物が見えてきた。もう少し近づいてみると、その建物は広大な敷地の中の一部であって、とてつもなくスケールの大きな広場には言葉を失った。朝早いこともあってほとんど人の姿は見られないが、朝の散歩にはちょうどいいと感じる。その敷地の先にはメインの建物である紀念堂がでんと構えていた。大陸様式の白亜の宮殿は初代総統である蒋介石を偲んで立てられた建物であり、中には様々な史料も展示されているという。残念ながら、今日は春節期のためお休みで見学ができなかった。儀杖隊の交代儀式も復活したということだが、まだ時間が早いようである。今日はこの敷地の散歩だけになってしまったが、右側の国家戯院(オペラハウス)と左側の国家音楽廳(コンサートホール)を見ながら、歩いているだけで、日本にはない大陸的なスケールの大きさは十分に体感することができた。(後日談:その後、中正紀念堂を再訪する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
中正紀念堂 中正紀念堂
中正紀念堂駅に戻り小南門線板南線を乗り継いで台北駅に戻る。こういうときにも乗りつぶし癖(?)が出てしまい、意味もなくついつい遠回りしてしまった。あらためて淡水線に乗り換え圓山駅へ、ここは初日にも通ったところである。高架になってる駅周辺古い町並みと近代的な公園が隣り合っており、その上を松山空港めがけて降りてくる飛行機がかすめていくという、いかにもアジアらしい混沌とした場所である。次に向かったのは孔子廟大龍峒保安宮、どちらも圓山駅から歩いていける距離にあったのでちょっと寄ってみることにした。大通りは春節(旧暦のお正月)を祝うメッセージを出したバスが行き交い、交通の要所でもあるようだ。(後日談:日本のバスと違ってLEDの方向幕は静止画ではありません。新年愉快とか恭賀新嬉とか恭喜發財とかが行き先と交互に表示されたりします。漢字まら何となく意味が分かるので面白いですね。)
MRT淡水線
孔子廟は儒教の祖、孔子を祀ったである。孔子といえば日本でも有名だが、学問の神様、日本でだったら太宰府天満宮といったところだろうか。その隣には大龍峒保安宮があり、こちら医学の神様を神様を祀っただという。地元のといった感じでこじんまりとしていたが、落ち着いたつくりは周囲の喧騒さをしばし忘れさせてくれる。ひと通り見学したあと圓山駅へ戻り、次の目的地へ向かうことにした。駅の案内板をみてバス乗り場を探してとりあえず並んで待つことにした。台北のバス事情はというと、確かにいろんな系統があって便利な一方、複雑すぎて初心者(?)にはちょっとハードルが高い。ちなみに本屋へ行けばバスの指南本や鉄道の時刻表も売られてるとのことだったが、本物が見つけられなかったで買うことはできなかった。(記念にお土産にしようかとも思ったのですが…)数人での移動なら、やはりタクシーが確実で値段も安く済むようだったが、ここはタクシーは利用しないという目標を守りたいと思う。7、8分ほど待って208系統のバスが到着、前に並んでた人に続いて乗り込み次の目的地忠烈祠へ向かうことにする。
孔子廟
台北のバスは乗車するときに料金を支払うパターンと、下車するときに料金を支払うパターンが混在している。(追記:厳密にいうと乗るときと降りるとき両方で料金が発生する場合もあるようです。)まぁ、日本でも料金前払いと料金後払いが混在しているので、普段から乗り慣れている人でないと分かりづらいのは共通してますが…。ちなみに「上車收票」という表示があれば料金前払いで「下車收票」となっていたら後払いである。あと知っておくといいのは、大人料金は「全票」こども料金は「半票」と区別される。ただ全く分からなかったのは乗り降りするのは前の扉なのか後ろの扉なのか?で、結局は周囲の人の様子を見ながら、後を付いていくのが精一杯だった。(笑)さて、このバスにはそう長く乗ってることにはならないはずなので、運転手近くに立って周囲を見逃さないようにしておく。圓山大酒店を過ぎたあと、確かにここだ!と分かったので車内のブザーを押して次のバス停で降りる意思表示をする。このバスは「下車收票」だったのでEasyCardをタッチして忠烈祠前のバス停で降りることになった。
大龍峒保安宮
忠烈祠(ツォンレイスー)は日本人観光客が必ず訪れるといっていいほど有名な場所である。いまではすっかり観光地化してしまっているが、日本で言ったら靖国神社にあたり、ここには戦争などで命を落とした軍人の英霊が眠っている。正直、台湾の歴史というものをそれほど詳しく知っているわけではないので認識が甘いかもしれないが、過去の歴史の上に自分たちがいるのだなということをあらためて感じずにはいられない。忠烈祠もまた広大な敷地の中にあった。どうやら忠烈祠は台湾各地にあるようなのだが、衛兵が警護しているのはここ台北だけだという。入口にあるを通り抜けると、ぱぁっと広大な広場が開け、その先には赤い建物の本殿がある。ちょうどいま衛兵の交代が終わったようだったが、毎時0分から行われるので、次回までの間に忠烈祠の見学をさせてもらいうことにした。その広大な広場を進んでいくと、西側には圓山大酒店の大きな建物が見える。もうひとつ門をくぐり抜けると庭の先に本殿があり、敷地の入口と同様に微動だせずにじっとしたまま衛兵が警護に当たっていた。正面で一礼して中を見学する。本殿の建物の中は一周できるようになっていて、多くの英霊がかつての戦争や抗争でどう戦ってきたのか、ひとつひとつ丁寧に紹介されていた。こうしてみると、あらためて歴史の重みを感じる。一方で、日本にいるとこういうことを考える機会というのがほとんどないことに気がつく。平和ボケしていると言われるのも何だか分かるような気がする。一旦本殿を後にして、再び入口の方へ向かい次の衛兵交代の時間を待つことにした。
忠烈祠 忠烈祠
11時ちょうどになり、控え室から交代する番の衛兵が出てきた。この衛兵の任にあたるのは軍隊から選ばれたエリート中のエリートだということだが、よく見ると制服の色が微妙に違う。これは陸・海・空のそれぞれどこに所属しているのかが分かるという。ごっつい軍靴に小銃を担いだ姿はとても凛々しく、形式的とはいえその姿に自ずと見入ってしまった。衛兵の交代式は、イギリスのバッキンガム宮殿でも行われているが、もちろん実際にはみたことはない。スローでありながらキビキビとした動き、ゴツゴツと響き渡る足音、小銃の起用にクルクルまわしてみたり、観光的要素が強いとはいえ、その演技は間違えなく一見の価値に値する。白い敷地を行進し最初に本殿の衛兵の交代が行われる。本殿の衛兵が交代したあと、再び入口の方へと戻り、同じように一連の演技があって交代は終了となる。その後は、人形のようにピタッと静止したままとなる。衛兵の近くは必ず世話役の御付の人がついていて、まばたきすらほとんどしないというのも本当だった。記念撮影に興じる観光客も多くいたが、なかなかいいものを見せてもらった。
忠烈祠
さて、次は今日メインと考えていた故宮博物院へ向かうことにする。ここ忠烈祠からもさほど遠くはないようだが、歩いて行けるような距離ではないのでバスに乗ることにしている。一旦圓山駅へ戻ってさらにMRTとバスを乗り継いでもよかったのだが、213系統というバスに乗れば、直接故宮博物院へ行けるようなので、ここは少し冒険してみようと思う。ここへ来るときに降りたバス停に戻ると確かに、213系統という路線があり故宮博物院を経由するようになっていた。ただ、時刻表というものがないので、いつやってくるのかが全くわからない。まぁ待てばいいので、それはいいか。(笑)だが、違う系統のバスは来るのだが、213系統はなかなか来ない。他にも多くの路線が通ってることもあり、目的のバスがきたときは大きくアピールしなければ停まってくれず、見逃さないように注意してなければならない。台湾のバス停では座ってのんびり待つことはできないという意味がよく分かった。時間にして20、30分は経っただろうか、ようやく213系統のバスがやってきた。
忠烈祠
大きく手を振りバスを止め、いつものように行き先を書いたメモを示す。よし、乗れ!という感じで乗り込むと、他に乗ってたお客さんは二人だけだった。運ちゃんはそのお客さんとずっと話していたが、知り合いなのか、単に乗り合わせただけなのか、会話の内容が分からないので何ともいえない。バスは途中、新興住宅地みたいなところに入り込み、くるっとまわって戻ってくる。その後も郊外の住宅地のようなところを進み、長いトンネルを抜けて故宮博物院の前までやってくると「故宮、故宮!」と指を差しながら運ちゃんが教えてくれた。結局、上車收票か下車收票か分からなかったが、謝謝と言ってEasyCardをタッチしてバスを降りる。最後に運ちゃんは軽く手を振ってくれた。よしよし、バスも使えるじゃん。(笑)
国立故宮博物院
国立故宮博物院を正面から眺めると、これまた広大な敷地にとてつもなく大きな建物が建っていた。周囲は小高い山に囲まれ、正面には高級マンションが数多く建っている。故宮博物院は世界四大美術館のひとつに数えられ、そのルーツは中国・北京の紫禁城にある。元は清朝が保有していた美術品の展示したことに始まるが、日本による満州進軍、その後の中国国内の内戦と、戦火を避けるために疎開させ、いまの台北に行き着いたものが現在公開されているのだという。その所蔵品の歴史的価値についてはいまさらここで説明する必要もないが、とにかく他では目にすることのできない貴重な美術品がここには展示されている。現在の建物に改装されたのは約2年前で、落ち着いて全部見るには半日じゃ足りないな…というのが第一印象だった。
淡水
時間もお昼ちょうどだし、ということで、まずは腹ごしらえしておくことにした。建物の中は飲食禁止だろうし、どんなお店があるのかも分からない。ちょとと悩んだが、隣接する故宮晶華というちょっとお高そうな感じのするレストランに入ってみた。B級グルメもいいが1回くらいは贅沢しようと思う。(後日談:テレビや雑誌でも一流どころとして紹介されるだけのことはありました。)日本語が通じるかたずねてみたところそれなり対応してもらい、麺類が食べたかったので海鮮タンメンらしきものと小籠包それにウーロン茶を注文してみた。ランチなので軽めにしておこう。濃い味付けも悪くはないが、非常に上品な仕上がりで日本人の口にもとても合う。小籠包もウーロン茶も本場に限るな…なんてことも思い、セレブなひととき(?)を過ごすことになった。ちなみに、このときの食事代は600元、日本円で2000円そこそこと、ここならまぁそんなもんかなといった感じだった。え、駅弁なら10個買えちゃうって??ま、そういう問題じゃないでしょう。(苦笑)
士林夜市
春節、春節…と言いながら実はあまり深く考えていなかったのだが、明日はその春節、旧暦のお正月である。ということは、今日は大晦日にあたる。なので、お店も早く閉めるところが多いようで、デパート夜市も夕方には営業を終えるようである。故宮博物院も見学時間が4時までと閉館時間も早められていた。早速、入館して順繰りにみていくことにしよう。フロアは1Fから3Fまであり、とにかく広くて展示物の数も半端でない。ひとつひとつじっくり鑑賞するのはとても無理なので、ざっと流して気になるものがあれば足を止めてみる、といったことを繰り返した。特に美術や歴史造詣があるわけでもないのだが、素人目にも、お、これは!というものはいくつもあり、とても2、3時間じゃ見切れないなというのが正直な感想だ。大晦日にもかかわらず館内は見学する人でいっぱい、団体さんも数多く詰め掛けて、中国語だけでなく日本語や韓国語のガイド(ツアー)も多かったように思える。最後に故宮博物院の展示物でも最も有名な「翠玉白菜」と「肉形石」を見学にいく。おお、これか、これか!実物を見ると結構嬉しいものである。そんな感じで、本当にあっという間の3時間だった。
士林夜市
地下1Fにあるミュージアムショップで記念になりそうなものを少し買い込んで、これで故宮博物院をあとすることになった。帰りもバスでMRTの駅まで移動する。一番近い駅は士林駅でそれ程距離はないようだ。紅30、255、304、他にも何系統かが利用できるようだったが、特に迷うことなくすぐにやってきたバスに乗り込む。あ、女性の運転手さんもいるんだ、、、なんて気をとられて(?)何気なく席に着こうとすると、すぐ後ろにいたおじいさんにツンツンとやられ何やら声を掛けてきた。何を言ってるか分からなかったが、どうやか博愛座なのでそこ座っちゃだめだよ…と言ってるようである。分かった、と答えたかったが、何ていったらいいのか分からないので黙ったまま少し後ろの席へ移ることにした。Yes、Noくらい言えなきゃだめかな、でも今日も終わっちゃうなぁ~なんて考えながら窓の外をぼんやり眺めていると、前に座ってた女性が突然くるっと振り返り何か話しかけてきた。「Excuse me? Same?」そういってMRTの路線図の士林駅を差して、こっちの顔を指差してきた。どうも「あたなも同じまで行くのですか?」ということを言いたかったようで「Yes」と答える。逆にこちらから「日本の方ですか?」とたずねると、ふゎぁん?といったリアクションだったので「I'm Japanese, are you...」と聞き直すとニコリと笑って「Korean!」と返してきた。どうやら家族4人連れでバスに乗ったが少し不安に思ったようである。中国の人とも韓国の人とも普段仕事でお付き合いがあり、ちょっと不思議な感覚だった。
慈諴宮 慈諴宮
士林駅は郊外の駅といったところで、大きな通りに面して商店が並び人通りもあって賑やかなところだった。さて、前もって考えてたスケジュールはここまでだったので、あとは戻るだけなのだが、何となく乗りつぶしクセが出たか反対方向の電車終点まで行ってみたくなった。淡水線の路線名にもなってる淡水というところがこの路線の終点である。意外と距離はありそうだが、どこかでウォーターフロントの町として紹介されていたような気がする。カードの残高も全然残っているのでとりあえず往復しておこうと思う。沿線は集合住宅が建ち並び、道路の車と人の数は相変わらず多い。先に進むにつれ、左手を流れる淡水河の様子がよく見えるようになってきた。大きな車両基地や新北投線との分岐駅など台北捷運は立派な施設が整っているなぁ、などと変なところに関心してるうちに終点の淡水駅へ到着した。
慈諴宮
淡水駅の駅前には大きな道路が走っていた。の西側のすぐ脇には淡水河が流れている。ここまで来ると河口は近いようで、対岸には山々が続き大河といった表現が正しいような気がする。台北市街ははるか遠くにあり、かすかに見える程度である。河沿いにはちょっと怪しげなお店が続いており、折角なので少し散歩してみる。季節的にもあまり水辺に近づきたくなるような時期でもないし、週末だったらもっと人通りが多くてもいいように思う、やや寂しげなところが余計怪しく感じるのかもしれない。特に目的があるわけでもなかったので、ちょっと路地を入り商店街など少し遠回りしてからに戻ってきた。ちょっと無理があるかもしれないが、佐世保に来たときもこんな感じだったかな?(後日談:その後、淡水を再訪する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
士林夜市
あらためて淡水線劍潭駅まで戻り、士林夜市へ行ってみることにした。帰り道の途中でもあるので、寄り道するのにもちょうどよかった。最後の晩もまた夜市めぐりとなってしまったが、まぁそれはそれで。。(余談:実は京劇も鑑賞したかったんですけどね。)士林夜市は台北にいくつかある夜市の中でも一番規模が大きいらしい。市内からちょっと遠いような気もするが、まぁ折角なので最後の街歩きとしよう。劍潭駅を降りて通りを渡ろうと待っていると、いきなりポニョポニョ♪と聞き覚えのある歌が聞こえてきた。士林夜市慈諴宮門前から広まったということだが、どこからどこまでが夜市と言っていいのか分からない。恐らくここら一帯夜市と考えればいいらしい。食べ物を売る屋台、衣料品や日用品を売る店、お菓子など食べ物系のお土産を売ってるお店、いろんなものが混在して、相変わらず賑やかで混沌としている。ちょっと奥まったところに、足を踏み入れてみたりと、徐々に場慣れしてきたとはいえ、強烈五感刺激してくる。そんな中キョロキョロと買い食いなどしながら、最後の夜市も楽しむことができたようだった。(後日談:その後、士林夜市を再訪する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
士林夜市
前出の通り今晩は大晦日なので適当な時間に切り上げてホテルに戻ってきた。朝、出掛けにはなかったが何やら飾りつけがされており、ちょうど獅子舞のようなものがレストランに入っていくところだった。ちんじゃら、ちんじゃら、お囃子が賑やかである。部屋に戻り、台湾ビールの試飲と称しちょっとしたおつまみでささやかに乾杯してると、遠くで爆竹が鳴る音が聞こえてきた。午前0時をまわると、花火が上がったり、爆竹が鳴らされたりと、お祝いムードが伝わってくる。どこか賑やかなところで正月を迎えてもよかったが、何が待ち受けてるかよく分からなかったので、さすがにそれだけはやめておくことにした。長いようで短かった5日間も残すはあと1日、そう思うとちょっと寂しいものだな…。
獅子舞
  5日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
龍山寺、台湾桃園空港、JL648
最終日も昨日までと同様、十分に朝食をとるところから始める。ホテルのビュッフェは台湾料理だけでなく、洋食、和食も選べるので5日間滞在してもまったく飽きることはなかった。今日はもう帰るだけとなってしまったが、帰りは午後の便なのでまだ少し時間が残っている。チェックアウトも12時までとなっていたので、午前中2、3時間くらいならどこか行っても構わない。というわけで、狙いをつけていたところがあったので、そこへ出掛けてみることにした。昨日は終日台北観光にあてていたが、わざと1ヶ所だけ外してたところがあり、そこも日本人観光客なら誰もが行く場所なのだが、あえて今日行くことにしていた。
板南線・龍山寺駅
その場所というのは龍山寺、日本でいったら浅草寺といったところだろうか。大晦日の朝か、元旦の朝か、浅草に行くとしたら答えは自ずと出てくる…という理屈で今日にまわしていた。すっかり馴染んだ(?)中山駅からMRT淡水線に乗って台北駅板南線に乗り換える。さすがに元旦の朝ということもあって捷運はガラガラだった。台北駅からは二つ目、西門駅の次はもう龍山寺駅である。地下のに直結するようにあるショッピングセンターも今日はお休みのようである。MRTを降りて地上に上がると、ちょっとした広場があった。
龍山寺
やはり龍山寺には多くの人が参拝に訪れていた。初詣という風習はどこも共通らしい。人々でごった返しているところを少し強引に進み中へ入っていくことにした。まずはの飾り物があるところをくぐっていく。廟の中の雰囲気は、日本の様式とは少し違い派手な色づかいが目につく。杭州のお寺に行ったことがあるが、大陸の雰囲気に近いのは確かだ。中へ入るとお線香のけむりが立ち込めていてお供物を捧げる台には、食べ物やお花が多く上がっていた。場所は変われど神様や仏様に祈りをささげるというのは万国共通のことのだが、ちょっとお作法は違ってるみたいである。何となく真似しながら自分もお祈りしておく。ただ、お守りやお念珠を売ってるのは日本でもよくみる光景だったと思う。ひと通り中の様子をみてまわったあと、一旦外に出ることにした。
龍山寺
先程から少し気になっていたのだが、龍山寺の中はTV局の取材が殺到していた。最初は、まぁ正月だからね♪くらいにしか思ってなかったのだが、人だかりの様子といい、警備の数といい、どこか尋常じゃない。どうみても誰かを待ってる様子だ。先導のパトカーに続いて黒塗りの高級車と大型のバンが正面に止まる。明らかにVIPの到着だ。すると、、、あ、見えた!人よりちょっとだけ背が高いとこういうとき得をするようだが、ダンディーな人がちらっと見えた。やっぱりそうだ、TVや新聞で見たことがあるぞ。そう、中華民国(台湾)の馬総統、ご本人の登場だ。明らかに強いオーラを発している。厳重な警備…といっても、それほどピリピリした雰囲気でもなく熱狂した人々が取り囲んでいたが、総統も両手を使って笑顔で握手に応えていた。デジカメでパシャパシャ写真を撮る人(自分も)、小さい赤子を差し出して撫でてもらおうとする人など、狂気的ラッシュでパニック!という程でもない。このあたりは台湾の人々の国民性だろうか、18時の東京駅10番線ホームの先頭付近の方がよっぽど殺気立っていたかもしれない。(爆)
龍山寺
それならば…ということで、居合わせたからには自分もその輪の中に入っていかないわけがない。するとどうだろう、ちょうどうまい具合にこちらにどんどん迫ってくる。これはもう行くしかないぞ!!チャンスをうかがいながらタイミングを見計らって、ひょいと右手を伸ばすと、、、見事に握手することができてしまった。ほんの1、2秒の出来事だったが、一般人がアポなしでよその国の代表者に握手してしまうなんて、そうあり得ることではないなと…。最後へきて予想外も予想外、思わぬところでとんでもないビックサプライズに遭遇することになってしまった。その後しばらく遠くから様子を見ていたが、中で参拝されたあと、新年のスピーチがありった。残念ながら言ってることの内容までは理解できなかったが「新年おめでとう!去年は不景気とやらでぱっとしなかったけど、みんな、今年も笑顔で頑張ろうぜ!」みたいなことを言ってたにちがいない、きっと…。(かなり勝手な解釈)ま、とりあえず、最後に大きく拍手だけはしたんだけど。(笑)
龍山寺
スピーチに引き続き、お札のようなものを参拝者に配っていた。最初疑問に思った長蛇の列の答えはこれだった。いまから並んでももらえそうにないので諦めたが、握手しちゃっただけでもう十分だ。いやぁ~それにしてもびっくりしたな…とやや高揚しながら最後に周囲の街並みを見ておくことにでもしよう。台北の町はどこへ行ってもエネルギッシュで、また新しいものと古いものが混在し、まさに混沌としたという表現が合うところだった。でも、どこか懐かしさを覚えるような、とても居心地のいいところだという印象も強く覚えた。あともう半日くらいあれば、総統府か国父紀念館に出も行ってみたかったのだが、ギリギリ過ぎても何なので、この辺で引き上げることにした。そんな後ろ髪を惹かれる思いで龍山寺を後にする。
龍山寺・馬総統
龍山寺駅から板南線台北駅まで移動し、これがMRT最後の乗車となった。窓口を探してEasyCardを差し出し「I'd like to...」と始めると窓口のお姉さんはすぐさま「Return?」と笑顔で返してきた。「Yah!」とひとこと伝えるとレジで残額を示してくれて、デポジット分を含め280元近く戻ってきた。カードは記念に欲しかったが、また来ればいいじゃないか、、、って本当か?最後に折角なので地上に出て台湾駅の様子を目に焼き付ける。正月らしく飾り物を売ってたお店が妙に印象的だった。わずか2、3日前のことなのに、窓口で恐る恐る自強号の切符を買ってたのが妙に懐かしく思えてくる。さて、この駅ともお別れ、初日とは逆に台北駅から中山駅へ向かって地下街を歩いていくことにする。
龍山寺・馬総統
そうだ、小銭なんか残してもしょうがないか、リムジンバスに必要な90元だけ残しておけばいいんだし…。そう思ってセブンイレブンで食料を買い込んでおくことにした。台湾では脱税防止のために統一されたレシートを発行する決まりがある。そのレシートには遠し番号が振られていて宝くじになっている。これはなかなか面白い政策だと思ったが、自分のような旅行者にとっては不要な代物だし、日本でも募金箱がレジ近くにあるようにコンビニには寄付用の箱が置いてあった。寄付された分の当選金は慈善福祉事業に役立てられている。特に捨てるでもなくレシートは手元にずっと持っていたのでまとめて寄付してくることにした。ところでいま街角では「消費券、利用歓迎」といったようなフレーズをよく目にする。台湾でも景気は決していいとは言えず、景気対策の一環として消費券なるものが配られたという。(余談:消費巻と書いてありましたが、これよく間違えるそうです。)かつて日本でもやった地域振興券に似たようなものだ。春節期で何かと物入りのこの時期だったこともあり、またデパートなどでも消費券セールを大々的にやったおかげでそれなりに効果はあったみたいだ。定額給付金を配るとか配らないとかバタバタしてる国が近くにあったが、あれはどうなってしまったのだろうか?(笑)
龍山寺・馬総統
ホテルに戻り出発の準備をする。といってもパッキングは昨日のうちに済ませてあったし、上にはおるジャケットを日本の冬用に交換するだけなのだが、、、まぁ最後にお茶でも飲みながらメールをチェックしておくか…。予想外に贅沢させてもらったこの広いお部屋ともお別れ、ちょっと名残惜しい。11時過ぎにはチェックアウト、日本語での対応も最後までスムーズで滞在中は全くストレスなしで過ごすことができた。リムジンバスのバス停は隣のホテルの前にあり、その名前もホテルの名前になっていた。距離にして20、30メートルくらい、スーツケースをガラガラ引いて歩くのもまったく苦にならない。さぁ、いったいバスはいつに来るのかな??(笑)特に調べはしなかったが、まぁそれでも1時間も待つことはないだろう。(苦笑)するとひとりのおっちゃんが話しかけてきた。「Airport?」どうみてもツーリストだというのはバレバレだが「Yes」と答えると「センエン、センエン!」と返してきた。どうやらタクシーの運ちゃんのようである。「No, I have enough time but no cash!」(ダメー、時間はあるけどお金はないよ!)と切り返す。通じた通じなかったが分からないが相変わらずニヤニヤして微笑んでいる。「Bus?」と言ってきたので「Sure!」と答えると「OK!」とやっぱり微笑んでいる。商売っ気がないというか、人がいいというか、再び客待ちに戻っていった。時計は見てなかったのではっきりとは言えないが20分は過ぎただろうか、通過されちゃたまならないのでバスが来る方向を気にしながら待っていると、ようやく目的のバスがやって来た。するとさっきの運ちゃんが「Bus, bus!」と指差しながら大きな声を上げている。こっちも「謝謝、ババイ」と声を上げてバスに乗りこむことにした。
龍山寺周辺 龍山寺周辺
バスの行き先は空港に決まっているので、そのまま乗ればいいのだが、スーツケースが邪魔である。トランクに入れて欲しかったので荷物を指差したが、いいから乗りな!という反応しかなく、えっちらおっちら乗り込む。これまで何回かバスに乗ったが「上車収票」と書いてあるがはっきり理解できたのはこれが初めてだった。90元を運賃箱に放り込み空いてる席につく。バスは中山路を北上、いくつか停留所を通過したが乗ってくる人はいなかった。やってきた日のことを思い出しながら、何となく台北の街並みを見ていると、行きとは違って高速道路に乗る前に圓山大飯店に寄るのが分かった。いやぁ、それにしてもすごい立派な建物だこと…。玄関正面に一旦停止し、運ちゃんがホテルの中に入っていく。このホテル自体、台北のランドマークのような存在で、高台からは台北市街が一望できる。少し霞んではいたものの台北101もよく見えた。10分以上待たされた挙句、結局乗ってくる人はいなかった。おいおいさっきと扱いが違うぞ。再び市街に戻ると、今度はポロポロと乗ってくる人がいた。空港へ直行したい場合はこのバス路線じゃない方がいい、という理由が少し分かったような気がする。まぁ他よりも気持ち安いようだし、逆に遠回りしてくれた方がいろいろ見れて自分にとってはその方が楽しかったりするのだが…。(笑)
台北市街
バスは高速道路に入り順調に進んで行った。台北の街がどんどん後ろに小さくなっていく。いつしか周囲の様子も変わり人里離れた緑多いところを走っていた。高鉄(新幹線)の高架と交差し、交通量が多い中を桃園へ向かう。ジャンクションで渋滞にはまるもののそれ程大きな影響でもなく、高速道路を降りた。今日も天気はあまりよくないようで、時折雨が降る中、桃園の街をしばらく進んでいった。最後に大挙して乗ってきた団体さんはショッピングセンターらしきところで降りていく。やがて桃園国際空港がみえてきた。えらく時間が掛かったような気もしたが、1時間半も経っていないので時刻通りだったようである。終着の第2ターミナルでバスを降り、折角なので記念に写真を撮ると、ニコリと笑いながら運ちゃんがOKサインを出してポーズを取ってくれた。本当に人懐っこい人が多いこと…。空港の建物の中に入るとずらっとバス会社の窓口が並んでいて、確かにここからスタートしたんだな…とあらためて認識することになった。
大有巴士
とりあえずチェックインを済ませてスーツケースだけは手放しておこう。そうだ、戻ってくるかどうか分からないけど手元のお金を円に両替してみるか。結果は1000円札1枚とおつりに台湾圓で硬貨がいくらか戻ってきた。バス賃で使い切ったつもりだったんだけど…。建物の外には何もないし雨も降っていたのであまりウロウロする気はしない。第一ターミナルとの間にモノレールのようなものがあったのだが、面倒なので遠くから見るだけにしておいた。食事は飛行機に乗れば出てくるのだが、まだまだ時間がある。出発予定時刻は14時50分、いまは13時をまわったところ、1時間半以上あるじゃないか。少し腹も減ったなぁ…そう思って、先程コンビニで買っておいたおにぎりとサンドイッチを食べることにしよう。実はタクシーを利用しないという誓いともうひとつ、コンビニまたはファーストフードで主食はとらないと決めていたのだが、まぁこの場は補食ということにして、台湾のコンビニで売ってるものがどんなものなのか試してみることにする。結果は、おにぎりはちょっとパサパサした感じ、まぁ食べられないことはないが日本のおにぎりの方が断然美味しい、サンドイッチもまぁまぁといったところだろうか。この先ペットボトルも持ち込めないので飲み物もここですべて片付けてしまおう。
桃園国際空港
その後、出発便の案内を眺めてたり意味もなくエアライン窓口をいくつか見たりして、出国手続きに向かうことにした。(後日談:春節期で旅行客が多かったせいでしょうか?北京、香港、上海、杭州など中台直通便の数は多かったような気がします。もちろん、日本に向かう便も多くありましたが、沖縄・那覇は"琉球"と表示されるんですね。)さて、セキュリティゲートを抜けてしまえばもう外には出られない。イミグレーションで入国時にパスポートにホチキスで留められた出国票がはがされ、最後にポンと判子を押してもらい手続き終了、あまりにもあっけない。セキュリティエリアは思ったより広く、免税店の数も多かった。お店の人は例の「コーリン!」と「いらっしゃいませ」を交互に繰り返していた。時間をつぶすのは中の方がいいようである。丑年なのは日本も一緒、妙な格好の牛がいっぱいいた。何度も言うように免税品にはあまり興味がないのだが、これならお土産屋さんなど見てまわるだけで時間は経ってしまいそうだ。小銭は持っていてもしょうがないので、自販機でペットボトルの飲み物を買って帰りの飛行機に乗り込むことにした。もう少し早い便でもよかったのだが、予約するとき空いていたのがこの便だけだったので、この時間になってしまった。帰りの便B747、出発はオンタイムの予定だ。レジ番号はJA813J、おかしな番号だな、帰ってから調べてみるか。完全に飛行機マニアになってしまったようである。(後日談:この機材には別の場所で再開する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
桃園国際空港
この便も多少空きはあったようだが、ほぼ満席の様子だった。席に座ると周囲を台湾の団体さんご一向に囲まれてしまう。そうか、今日は元旦か、、、今日から連休だから全便満席なのか…ようやく事情が飲み込めた。帰りのフライト時間は3時間強、時差の1時間を入れて成田に着くのは夕方を過ぎたあたりである。大人数の団体客が多かったわりにドアクローズまでは意外とスムーズだった。定刻からやや遅れてプッシュバック、最後にグランドスタッフのお見送りで帰国の途に着くことになった。日本以外でもお手振りするところがあるんだ、、、ちょっと意外な発見だった。その後、何事もなかったかのようにテイクオフ、桃園の街並みが小さくなりやがて海が見えてきた。意外と海は近かったんだ、、、高速道路と新幹線の線路が見えたのも一瞬、すぐに雲の中に入り、もう地上の様子を目にすることはなかった。ベルト着用サインが消えて飲み物サービスが始まり、行きと同様"麦の泡"で小さく乾杯すると、おつまみの他に金色の文字で何か書かれた小さな赤い袋が配られた。中にはコインのチョコレートが2枚、お正月をお祝いしてのことらしい。準備もそこそこ急に思い立った台湾だったが、本当に来てよかったと思った。乗り物好き、街歩き好き、絶景好き、B級グルメ好きそんな自分の心を奪ったのは言うまでもない。これはまた来ないといけないかもしれないなぁ…。(後日談:その後、台湾には何回か来る機会がありましたが、弾丸旅を強行するようなこともありました。)
JAL・JL648・成田行き