■旅日誌
[2013/12] 亞洲的懷古旅愁~台湾・澳門
(記:2014/8/8 改:2016/10/10)
(記:2014/8/8 改:2016/10/10)
毎度ながら、忙しい…のワンパターンですが、気がつけば4月から取得した有給休暇はゼロ、、、夏休みといいつつ自動的に有給が消化されるのでこれは異常事態です。とはいうものの休みを切り出せるような状況でもなく、それでも気持ち的に区切りをつけたかったので、休日出勤した代休という名目で数日間休みをいただくことにしました。そんなわけで、ぶっつけ本番で台湾へ向かうことにしました。
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1日目
1日、2日じゃなく、本当に数日間も穴をあけていいのか悩んだ挙句、強行突破することにした、、、なんて書くと大げさに聞こえてしまうが、今回ばかりは周囲の目をまったく無視し、わがままを通そうと心していた。尋常じゃなくギリギリで立ち回っているのに、手続きを無視するな!と後出しで指摘されたり、今日は○○さんがいないから承認できないとか、一体何のために苦労を買って出てるのか分からず、理不尽続きでポキッと折れてしまいそうだった。GWに遠出しておいて夏休みを見送ったときは、季節も変われば少しは楽になってるだろうと見越していたが、見事に当ては外れ。貯めたマイルの期限が間近に迫り、どうせ失効させてしまうくらいならダメ元でと思って数ヶ月前に予約を入れていたが、危うくすべてがぱぁ~になるところだった。
行くと決めたからには、そこは割り切って行動!前回のアジア弾丸と同様、"星組"チケット4枚と交換し、移動しながら一周してくることにする。最初に選んだのは台湾、しばらくぶりの訪問だ。思い起こせば、最初の台湾もJALの特典航空券を利用してのことだったが、気軽に渡航できて、寒くなった日本を離れってほっこりするにはいいのかもしれない。(後日談:ひょんなことから、台湾にはその5ヶ月後に再訪することになりました。そのときの旅日誌はこちらです。)今回はスタアラである必要があったのでエバー航空を選択、ハローキティのエアラインといったくらいなイメージしかなかったが、チャイナエアラインよりも新しく、事故も少ないという評判らしい。タイミングよく羽田-台北・松山のハローキティジェットが取れたのでこいつを利用してみることにした。
羽田にはちょっと早めに来て、さくっと手続きを済ませる。海外へ出発するとき、なぜかよく目にするFLYパンダの姿もあった。改装中のため仮のラウンジで時間をつぶし、搭乗口へ向かう。出発案内もすっかりハローキティが浸食している。搭乗時間になり機内へ進むと、やはりいたるところにハローキティが目につく。ハローキティジェットに使われる機材はA330、シンガポール以来久々の搭乗だった。
今回もまた前日は深夜に帰宅、寝過ごしてはいけないと思ってほとんど徹夜状態だったせいか、座席についたところでようやく旅気分になってきた。目の前のパーソナルモニタではハローキティのキャラクタが歓迎登機と歓迎してくれている。BR189便は混雑した羽田を出発、紀伊半島あたりまでは本州上空を西へ進んでいく。食事も機内サービスも、まぁごく普通といったところだろうか。日本人も多く機内は静かで、気がつけば雲の合間から淡水の街並みが左手に見えてきた。その先の海上で高度を落としながら方向を変え松山空港へアプローチ、前回は下から見ていたルートを通ってタッチダウン。定刻よりやや遅れて台北・松山空港に到着した。遠くに台北101の姿を見ながらしばらくタキシングしていくと、先着していたJAL機とANAのB787の姿が、、、おや?ひょんなところで1号機に再会、まるで日本に戻ってきたようだ。
台北・松山空港はこじんまりとした空港だった。桃園空港ができて国際線はそちらに移ってしまったが、台北市内へのアクセスのよさから、一部はこちらに乗り入れるようになったという。東京でいうと、成田と羽田のような位置関係にある。適当に両替を済ませ、未だホテルにチェックインにするには早かったので、とりあえず台北駅へ行って明日使う切符を受け取っておくことにした。前回来たときはまだ開通前だったが、松山空港にMRTが通るようになり、ますます便利になっていた。しばらくは高架を進むので漢字の看板で溢れかえった街並みを見ることができる。台湾にやって来たことを実感し、徐々にテンションが上がってくるような気がした。二度目ということもあって、入り組んだ台北駅で迷うこともなく移動することができたが、建物中央の空間はすっかり様変わりしてしまい、大きなクリスマスツリーの前で思わず写真を撮ってしまった。予約してあった台鉄と高鉄の切符を受け取り、再びMRTで移動する。
今回はギリギリまで出発を迷っていたので、ホテルの予約は直前まで取らずにいた。なので、ある程度妥協して、台北駅からちょっと離れたところで2泊することにした。豪華さはなかったもののコンパクトで実用的、ぱっと見清潔そうだし、スタッフの人当たりのよさも好印象だった。早めにチックインできたので、とりあえず街歩きに出ることにしよう。といったところで特に当てがあるわけでもなく、前回何となくで中途半端だった中正紀念堂へ向かうことにする。日本人からすれば、やや複雑な思いのするところだが、まぁここは観光と割り切っておく。定番の蒋介石像と、本日最後となる衛兵交代を見学、国旗を降ろして仕舞う様子を見届けて中正紀念堂をあとにした。
日が暮れてきたところで、MRTで士林夜市へ向かう。折角の台湾なので、夜市に行かない手はない。ここも前回はあまり時間が使えずにいたが、士林夜市は既に多くの人で賑わっていた。すっかり日も落ち、熱気あふれる雑踏の中を進む。さぁ、ここまで来たからには晩ごはんは屋台飯としよう。きっと雰囲気がそうさせてるに違いないが、何を食ってもうまいしビールも進む。こうしてると本当に切りがないので、明日に備えて適当なところで士林夜市を後にした。
2日目
明けて2日目、今日は鉄路、台湾を一周することにしている。早めに朝食を済ませ、まずは台北駅へ向かう。台湾新幹線こと台湾高鉄に乗るのもおよそ5年振り、ちょっと懐かしさを覚える。8時前に出発する高鉄左営行きの速達便に乗り込み、台北駅を後にする。座席はほぼ埋まる程度で、地上に出た後も列車は快調に飛ばし、1時間もたたずに中間駅の台中に滑り込む。(後日談:台中を再訪したときの旅日誌はこちらです。)その後も車窓は熱帯の景色が続き、台北から約1時間半で左営駅へ到着した。行き交う700T型を後に改札を抜け、大きなコンコースへ出る。おお、この眺めも久しぶりだぞ。隣接する台鉄(在来線)の新左営は新幹線の駅の一部分といった感じで、ひっそりとしていた。台湾といえばこれ、定番の駅弁を買い、改札を通ってホームへ向かう。
見慣れない列車が行き交う中、新左営始発の自強号の入線を待つ。オンタイムの案内でやって来たDC特急に乗り込むと列車は程なく出発した。次の高雄で車内は満員となり、列車へのニーズの高さがうかがえる。新幹線と違って、ゆっくり流れる車窓を見ながらしばらく旅気分に浸る。お昼にはちょっと早かったが、周囲でも食事にする人が増えてきたので、適当なところで昼食をとることにした。暖かさが残る便當(弁当)を開けると、ご飯の上に排骨(骨付き肉)がドーンと乗っかっている。とてもシンプルだが、しっかり台湾風の味付けに食が進む。若干遅れ気味ではあったが、無事枚寮に到着、ここで列車を見送る。
さて、ここからが今日のメインイベント、台湾でも珍しくなった旧客の普通列車に乗ることにしている。台湾では列車ごとに切符を買わなければならないので、一旦外へ出て窓口へ向かう。地方の小さな駅だけあって自動券売機はなく、手元にあった時刻表の写しを使って半ば筆談状態で枚寮駅から台東駅までの切符を購入、ホームに戻るとちょうど目的の列車が入って来るところだった。どこで聞いたか忘れてしまったが、この列車の存在は日本でも知れ渡っていて、3両編成の青い客車を機関車がけん引するのは、台湾でもこの区間だけ、3671次/3672次という列車番号で枚寮-台東間を日に1往復するスジが引かれている。土日は列車目的で訪れる人がいるらしいが、今日は平日だったせいか、乗り込んだのはほんのわずかだった。
3両編成のうち前2両が日本製の客車、後1両がインド製の客車で、年配の車掌を含めた6人は何となく後ろの車両に集まっていた。何の前触れもなく列車は枚寮駅を出発、車窓からはバナナやヤシの木を見ることができる。もちろん冷房はなく窓は全開、心地よい風が車内を通り抜け南国に来ていることをあらためて実感する。先頭の機関車はドドド…と力強い音を響かせ、客車はカタンコトン、カタンコトンと小気味よいジョイント音を刻む。左手には山々の姿が、やがて右手には南シナ海が見えてきた。
「日本の方ですか?」たどたどしい日本語で、若いカップルのうちの女の子が突然話しかけてきた。「ちょっとお話ししてもよろしいですか?」「ええ!」こちらも笑顔で返す。この列車が日本でも知られてると伝えると嬉しそうな表情を浮かべていた。続いて少し後ろの方のそれっぽい日本人2人組にも声を掛けにいく。台湾ではよくあることだが、この人懐っこさがいい。南廻線は台湾一周最後につながった区間で、海沿いだけでなく、人里離れた山奥を貫く高規格な路線や、連続する長大なトンネルなど、とても変化に富んでいる。駅はぽつりぽつりとしかなく、どこか風情がある。列車の待ち合わせで10分以上止まりますよとか、ここが台湾最南端の駅ですよとか、先程の女の子が案内してくれたりと、飽きることはない。そういえば何十年か前に山陰線で、こんな客車に貸切状態で何時間も揺られたことがあったっけ??台湾へ来て、まさか遠い昔のことを思い起こすとは思いもよらなかった。
その後も南シナ海の絶景は続き、移りゆく景色を眺めてるうちに、2時間ちょいの汽車旅は終盤を迎える。最後に例のカップルから、毎度の「シャッターお願いします!」攻撃を受けて、列車は終点の台東駅へ到着した。ホームで列車の姿を見ていると、すぐに機関車の付け替え作業が始まり、このまま3672次普快車として枚寮駅へ戻るようだ。名残惜しいが、ちょっと愛着のわいた列車に別れを告げる。次の乗り継ぎまで少し時間があるので、駅の外に出てみたものの駅前はだだっ広い広場があるだけで、近くに目立ったものはなかった。それもそのはず、市の中心部は4キロほど離れたところにあり、そこまで行く時間はなさそうだ。台東は台湾の中でも、原住民の人の割合が高く、駅にもそれっぽいオブジェが飾ってあった。
台東からは東部幹線へと入り、引き続き台東線を北上する。どうも週末金曜のせいらしく、ここから指定がとりづらくなったが、台北まで列車2本を乗り継いでいく。まずは莒光号で花蓮を目指す。自強号が特急ならば、莒光号は急行に相当し、少し古めかしい客車が連結されていた。列車はゆくっりとした感じで台東を出発、その後もなかなかペースは上がらない。ちょっと退屈な風景が続き、やがては外は暗くなりおよそ3時間程で花蓮へ到着、ここで途中下車することにした。
花蓮は台湾東部の都市で、観光の拠点でもあるらしい。が、今回は単なる乗り継ぎのために降りただけだった。といっても、指定が取れた列車まで中途半端に時間があり、ただ駅で過ごすのももったいないので、思い切って街の中心部まで行ってみることにした。距離にして2キロくらいだろうか、夜になってしまったが、道順も難しくないようなので歩いてみる。繁華街は観光地というよりも、賑やかな地方都市といった感じで、夜市などもある。何も知らずに歩いていると、偶然にも旧線跡を見つけ、近くをウロウロしてみた。どれくらいいただろうか?適当なところで切り上げ、花蓮駅に戻ることにしよう。
花蓮駅の正面は大きな広場になっていて、すぐ近くにSLが静態保存されていた。当初はもっと早い時間の太魯閣列車に乗ってみようと考えていたが、うわさ通り金曜の夜はほとんどの列車が満席で、ようやくとれたのが21時発の普悠瑪列車だった。そんなわけで、ホームを行き交う列車を眺めながらもうしばらく時間をつぶす。太魯閣列車はJR九州の特急の弟分といった感じで、どこか親近感がわく。そして折り返しでやって来た台北方面行きの普悠瑪に乗り込む。幸いにも列車は定刻で花蓮を出発、路盤はよくないが、暗闇の中振り子を利かせガンガン進んでいく。もし次があれば、昼間乗ってみたいものだ。そして台北へ戻ってきたときは23時になっていた。いやぁ~久々の乗り鉄だったが、どれも魅力たっぷりで、長い一日もあっというまに過ぎてしまった。
3日目
今日は特にこれといった予定もなく、香港まで移動することにしている。なので、予約も余裕をもって入れてあった。昨晩遅かったことも考慮し、ゆっくりと朝食を済ませ桃園空港に向けて出発する。MRTで台北駅へ出たあと、空港行きのバス乗り場を探すと台北西站A棟というところから出てるらしいことが分かった。少し歩いたところでバスターミナルを見つけ国光客運のカウンターで空港行きのチケットを買い求める。バスが発着するプラットフォームや待合室の雰囲気など、日本の地方で見かける光景とさほど変わらない。早速、乗り場の前で待っていると、小さい子供を連れた母親に突然話しかけられる。どうやら荷物を見ていて欲しいとのことだったが、別に怪しい雰囲気はなかったので、そのまま引き受けることにした。
バスは15~20分おきに出ているので、そう待たずにやって来た。乗り込む前に荷物を預けようとしたところ、先程の母親がさりげなく自分の荷物も差出してくる。自然の流れでついでに荷物を押し込み、お互い頼る社会なんだなと感じる。車内は自由席で、何となく前寄りの座席に陣取る。バスは台北西站を出発するとすぐに高速道路に入り、あとはひたすら空港に向けて走るだだった。50分ほどで台湾桃園国際空港へ到着、第二ターミナルで下車する。
空港到着後手続きを済ませ、とりあえず身軽になったものの特にすることもなかった。となれば、免税店でも見てまわるか、あとは行き交う飛行機を見ながら適当に時間を過ごすことくらいしかない。おとといに続いて今日もエバー航空を利用、香港便は数が多いので、どれを選んでもよかったが、気になる機種という理由でA321で運行される便を選択していた。わずかばかりだったがANAが就航させていた時期もあり、長胴型のスタイルがとてもスマートだったのが記憶にある。そんなことを思いながら乗り込む前に搭乗機の姿を見ておいた。そうこうして搭乗時間になり機内へと入る。着席率は7、8割といった程度で、ほどよく席は埋まっていた。台北から香港までのフライトはおよそ1時間40分、桃園空港を出発すると、すぐに食事のサービスが始まり、ちょっと遅めのお昼をいただく。その後も少しボーっとしたかな?といったところで香港に到着した。
入国手続きを済ませ、機場快線で香港市内を目指す。香港に来るのもアジア弾丸以来2回目で、どことなく見覚えのある景色が続き、終点の香港駅で下車、すぐに係りの人が声を掛けてきた。行先を告げると目的の連絡バスまで案内してくれる。このバスは列車に接続するように待ち構えていて、機場快線の利用者であれば、誰でも無料で利用できる。とても便利なサービスで、このままホテルへ直接向かい無事チェックインを済ませる。台北同様、直前での予約だったのであまり選択の余地がなかったが、中環からちょっと距離はあるものの香港のホテル事情(料金がめちゃくちゃ高い!)からすれば十分満足だった。
かなり順調に着いてしまったので、これから少し街歩きしておくことにした。今回は香港島に泊まっていたので、一旦九龍島へ渡る。香港きっての目抜き通りであるネイザンロード(彌敦道)は相変わらず賑やかで、街全体が活気に溢れていた。漢字の看板、カチカチと大きな音でまくし立てる信号機、次から次へとやって来る2階建てバス、まさにこれぞ香港といったところだろうか?通りから少し入った繁華街も多くの人でごった返していた。夜になり少し涼しくなってきたところでシンフォニーオブライツを見学、すっかり観光気分で光のショーを楽しむ。相変わらずごちゃごちゃとした中、しばらく歩いてみてスターフェリーで香港島へと戻った。
4日目
旅の後半でもうひと山、今日はマカオへワンデートリップすることにしている。マカオへはターボジェット(噴射飛航)という名前の高速水中翼船を使えば1時間弱で着くことができる。ターボジェットのシフトは24時間体制、ピーク時には15分おきに運航されているのだが、特に週末はチケットがとりづらいとのことなので、日本を出発する前日に予約を入れておいた。おかげで今回は計画的に動けそうだ。ちょっと早めにトラムに乗り、中環近くのフェリーターミナルまで移動し、手持ちのバウチャー券を引き換え、乗り場のあるビルで朝食をとる。香港-マカオ間で入出境となるのでフェリーに乗る際には、出国手続きを取らなければならない。ターボジェットの乗り場は空港のような雰囲気で、これからマカオに向かう人で混雑していた。
ターボジェットは日本でもよく見かけるジェットフォイルのようで、マカオ港にはあっという間に到着する。マカオのフェリーターミナル(港澳客輪埠頭)は香港に比べるとややこじんまりとしており、旧ポルトガル植民地ということもあってポルトガル語の案内が多くあるのが印象的だった。さて、ここから街に出るには、カジノがあるホテルが出してる送迎バスを利用するといいという。何ともマカオらしい話だが、もちろん料金は無料でカジノを利用しなくても構わないとか…。とりあえず周囲の流れに乗って一番大きなホテルへ向かう。建物の中でバスを降りると、まさにそこがカジノの入り口!日常とはかけ離れたきらびやかな世界が視界に飛び込む。今日はここが目的というわけではなく、下手すればいるだけで1日過ぎてしまうそうだったので、いったん外へ出ることにした。
マカオのランドマークともいえるグランド・リスボニア・ホテル(澳門新葡京酒店)は大きさもさることながら、金ぴかな外観がまたえらく派手で、多くの人が写真を撮っていた。あまりのスケールに最初はあっけにとられてしまったが、とりあえず歩き出すことにした。着いた早々、地図のどのあたりにいるのかすぐには分からなかったが、何となく人の流れについていくとセナド広場に行き着く。通りの向かいには民政総署の建物があり、さぁ、あらためてここから街歩きを始めることにしよう。
中国の特別行政区であるマカオは「マカオ歴史地区」としてユネスコ世界遺産に登録されている。アジアの喧騒とポルトガル植民地時代の古きよき西洋の名残が共存し、一度は来てみたいと思っていた場所だった。時節柄、クリスマスの雰囲気漂うセナド広場を皮切りに、街歩きを始めようと思う。広場前にある仁慈堂大楼をみて、先へ進むとポルトガル風の教会、聖ドミニコ教会が視界に入って来る。その先で少し脇に入り、中国式邸宅の盧家屋敷を見学、周囲の喧騒をよそに落ち着いた雰囲気がなかなかよい。
盧家屋敷に続きカテドラル大堂(聖母聖誕堂)へ、白い建物がひときわ目を引く。大堂を後にして板樟堂街を通り哪咤廟斜巷あたりの入り組んだところを彷徨い、大炮台斜巷へと歩いていく。さらに坂道はきつくなり、息が上がってくるのを感じながら上り切ったところでモンテの砦(大炮台)に行き着く。
モンテの砦は小高い丘にあり、海岸からの攻撃に備えた軍事施設だったという。いまでは森の中の静かな公園として平和な空気が流れているが、大砲(大炮)の名残りや砦の壁など、時代の流れを感じる。大炮台は高台にあるためマカオの街並みを見渡すことができる。しばらく歩き続けたので、最初に着いた澳門新葡京酒店を見ながらしばらく休憩することにした。
大炮台を後に、高台の脇を下りていくとマカオきっての見どころである聖ポール天主堂跡(大三巴牌坊)が視界に入ってくる。聖ポール天主堂(サン・パウロ天主堂とも)はアジア最大のカトリック教会だったとも言われ、布教の基点であったが、香港の台頭とともにその重要性は低下していったという。いまでは建物の一部を残すのみとなってしまったが、マカオのランドマーク的存在でもあり、マカオ観光では必ずやってくる場所とも言える。壁の裏手にまわり天主堂の痕跡を見学、大三巴牌坊を後にして、もう少し先へ向かう。
仁慈堂老人院の近くまで来ると、さすがに観光客の姿はなく、とてもひっそりとしていた。老人院前地を通り抜け、やがて白鴿巣公園へとたどり着く。聖安多尼堂から東方基金會會址近くを通り、ここで折り返すことにしよう。白鴿巣公園を出たあと、ちょっと寄り道して関前街の古い街並みを抜けて、果欄街へと向かう。しばらくは地元の生活路といった感じだったが、聖ポール天主堂跡が近づくにつれ再び活気を取り戻す。気がつけば大三巴街の真中に来ていた。ここで先程とは角度を変え、聖ポール天主堂跡の姿を見届ける。多くの観光客がひしめく中、大三巴街の雑踏を抜けセナド広場まで戻ることにした。
一旦セナド広場へ戻り、こんどは南へ向かっていくことにした。民政総署の裏手、東方斜巷の細い路地を進むと道はS字にクランクし、石畳の静かな場所へと出る。ここが聖オーガスティン広場(聖奧斯定前地崗頂前地)で、聖オーガスティン教会(聖奧斯定教堂)、ドン・ペデロ5世劇場(崗頂劇院)聖ヨセフ修道院および聖堂(聖若瑟修院大樓及聖堂)、ロバート・ホー・トン図書館(何東圖書館大樓)、4つ洋風建築がなかなかいい雰囲気を醸し出している。その先も相変わらず道幅は狭く、坂道の連続でところどころ渋滞していたが、高樓街を抜けて、媽閣廟までやって来た。
媽閣廟は半島の南側に位置した歴史ある寺院で、観光目当てでやって来る人も少なくない。今日は廟の前の広場で何やらイベントがあるようで多くの人が集まっていた。媽閣廟はマカオ港に面した山のふもとにあり、航海の女神を祀った寺院だという。ちなみにあとで知ったことだが「媽閣」の発音がマカオの地名の由来になったとか…。中国様式の建物の中を見学し、媽閣斜巷を抜けて、北の方角へ帰ることにした。
戻り途中で鄭家大屋(マンダリンハウス)に寄ってみることにした。鄭家大屋は大がかりな修復を経て公開されるようになったとかで、ちょうどモデルさんが何かの撮影をやっていた。もともとは思想家の邸宅で、建物の中はいくつもの部屋に仕切られており、優美な雰囲気にどこか心落ち着く。ここまでほとんど歩きっぱなしだったので、ちょっとひと息入れておくことにした。
休憩後、来た道とは別のルートを通り、下環街を抜けて再び聖オーガスティン広場に立ち寄ることにした。今度は聖ローレンス教会(聖老楞佐堂)とドン・ペデロ5世劇場の内部を見学しておく。セナド広場まで戻り、民政総署の中に入ってみるとクリスマスのデコレーションが品よく飾られていた。そろそろ時間も押してきたので、もういちどセナド広場へ行き、公局新市南街から東街を通って聖ドミニコ教会に抜けてみる。建物の中で一息ついたところで、街歩きを終えることにした。
帰りはグランド・リスボニアからのバスに乗れなかったので、別のホテルで港に戻るバスを探すことにした。マカオ港まで戻り、帰りのチケットに引き換えた後、フェリーターミナルの中のお土産屋さんなどを見て時間をつぶす。帰りの便の出発時間が近づき、出境手続きを経て小さく仕切られた待合室に入ると外は暗くなりかけていた。入港してきたターボジェットに乗り込み、やがて船はマカオを出発、煌びやかな街並みが遠くに見えた。窓の外は暗く、途中景色を楽しむようかことはなかったので少々退屈してしまい、うつらうつらしてるうちに香港へと戻ってきた。長かったような短かったような1日が終わり、たまたま目に留まったマカオ料理のお店で軽く夕食を済ませることにした。
5日目
昨日で予定していたスケジュールはすべてこなし、あとは帰国するだけだったが、直行便が取れなかったので仁川乗り継ぎで帰ることにしていた。まぁ、実のところは毎度の下心も手伝って、予約を入れたのがバンコク発、香港経由のTG628便で、選択できる範囲でちょっと毛色の違ったエアラインを選択してみた。タイ国際航空に乗るのはGW以来2度目で、こんなにすぐに2回目が来るとは思ってもみなかったが、折角なのでちょっと長めのフライトを楽しみたい。朝は軽く済ませ、行きと逆のルートでホテルから機場快線に接続するバスで香港駅へ移動、前回も利用したインタウンチェックインで先に手続きを済ませておくことにした。
出発まで多少時間があるので、もう少しだけ市内に留まることにした。ただ、何かあてがあるわけでもなく、とりあえずトラムに乗って、思いつきで降りてみようと思う。香港駅から一番近い電停でトラムを待っていると北角行きがやって来たので、こいつに乗って香港らしいといわれる光景でも見に行くことにした。乗車後すぐに2階へ上がり、しばらくの間車窓からの眺めを楽しむ。
本線から脇に入り、最初の電停で一旦トラムを下車した。ここ北角(ノースポイント)は折り返しのための引き込み線で、表通りをひとつ入った下町らしき街中を単線で電車が通り抜けていく。お店の軒先は多くの人が行き交い、電車の方が遠慮するような形だ。いかにも香港といった風情漂う光景がここでは見られる。ここで引き返そうか少し迷ったが、折角なので東の折り返しまで往復してみることにした。
再び別のトラムに乗り込み、しばらく先へ進むと事故を起こした車が線路の上で立ち往生しており、しばらく足止めを食らってしまった。一旦、外に出て様子を見ていると、一本前の電車の運転手から、もうすぐ運転再開するので中で待ってるようにと促される。10分、15分程止まってただろうか、とりあえず電車は動き出し、ようやく終点の筲箕湾までやって来た。実はトラムがどう折り返るのか確かめておきたい気持ちもあり、ループ線を通って湾仔方面へ向かう電車を何本か見送る。筲箕湾近くにも賑やかなところがあり寄り道したかったが、飛行機の時間が気になって来たので適当なところで切り上げることにした。(後日談:その後、軽鉄に乗る機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
予想外のトラブルがあったおかげで思いのほか時間がかかってしまったが、機場快線で香港国際空港まで戻ってきた。時間的余裕もなく、すぐに出国手続きを済ませ、広い空港内は寄り道せず見慣れた飛行機を横目に搭乗口へ急ぐ。TG628便の出発はオンタイム、白い機体のB777-200が搭乗客を待ち構えている。時間になり早速機内へ乗り込むと、、、「サワディーカー」例のポーズでお迎えを受ける。香港-仁川の所要時間は約3時間40分、長過ぎず、短過ぎずといったところだろうか、機内は意外と混雑していた。TG便らしく機内のサービスは上々、食事の前にビールを頼むと日本のブランドが出てくるところなど、サービスのレベルの高さがうかがえる。そんなわけで、おかわりにシンハをリクエストしてみた。
海外エアラインのフライトを満喫し、TG628便は定刻からやや遅れて仁川へ到着した。入国手続きを済ませ、トランジットホテル代わりに予約していたところへTELを入れてピックアップしてもらう。さすがに韓国まで来ると気温はぐっと低く、体が温かい気候に慣れてしまったせいか、結構この寒さが身に染みる。送迎に来ていただいたスタッフの方の対応もよく、無事送り届けてもらった。ホテルというよりワンルームマンションの1フロアを借り上げて使っているようなところで、思ったより快適に過ごせそうだ。ただ、周囲は何もない寂しいところで、建物内の飲食店とコンビニを利用するしかなさそうだが、まぁそれでも十分だ。(後日談:その後、この近くを通る仁川マグレブに乗る機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)そんなわけで、今夜の夜食と明日の朝食を調達しにいくと、先程のスタッフの方と顔を合わせる。さぁ、明日はもう帰国しなければならないのか、、、もうちょっとゆっくりしたいものだけど…。
6日目
朝9時になり、昨日と同じスタッフの方に空港まで送ってもらった。帰りもまたちょっとひねりを入れて、UA便を予約。ユナイテッド航空のカウンターが開く出発3時間前ちょうどに並び、この旅、最後の搭乗手続きを済まる。UA882便は成田経由シカゴ行きで、列に並んでいるのは、これからアメリカへ帰国する人ばかりだった。出発時間までまだ少し時間があったが、ソウル市内を往復するのは無理そうだったので、雲西駅を往復しておく。雲西駅の周辺は少し街らしい雰囲気がして、もし次があるとしたらここらで1泊してもいいかもしれない。そのまま空港に戻り出発を待つことにした。(後日談:その後、雲西で投宿する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらとこちらをご覧ください。)
何だかんだで仁川空港を利用するのも何度目だろうか?搭乗口へ行くと、UA882便に使われるB777-200が出発を待っていた。白い機体は朝日に照らされ、きらきら光っている。時間になり搭乗機へ向かうと、その直前で手荷物の中身を検査を受ける。さすが北米大陸(アメリカ本土)へ向かう便とあって警備が厳しい。機内はほぼ満席、隣の席はぶっとい腕してすごく頑強そうだし、後ろの座席の女性からは荷物を上げて欲しいと頼まるし、いろんなアメリカ人でいっぱいだった。UA862便は定刻で仁川を出発、成田まで2時間強のフライトとなる。
フライト時間が短かったせいもあるが、機内サービスはとてもあっさりしていて、スナックのサンドウィッチと飲み物が配られただけだった。アジアのエアラインならY席でもしっかり食事は出されただろうし、そういえばC席の一部は前後逆向きになっていたりと、何となく文化の違いのようなものを感じる。これならLCCでも十分な気がしてきた。そうこうして成田へ到着、シカゴへ向かう人も一旦ここで降機しなければならない。周囲の様子を見てるとほとんどの人が乗り継ぎ口へ向かい、成田で降りたのは4人ほどだった。まぁ、そりゃそうか…。ちなみにここまで乗ってきた機材(B777)はニューアーク行きとなり、シカゴには同じ便名でも違う機材が使われるらしい。"ど平日"の中途半端な時間で他に到着便もなく、入国手続きもバゲージピックアップもスッカスカ、明日からまたつらい日々が待っているかと思うと一気にテンションが落ちてくるのが自分でも分かった。