■旅日誌
[2005/6] 幽閑にして風致なる趣に
(記:2005/7/3 改:2021/12/30)
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唐突ですが、いろいろあって追い詰められ気味だったので、ちょっと気分転換をはかることにしました。体調も優れなかったので本当ならおとなしくゆっくり体をいたわるべきところでしたが、逆にそれだと気が滅入りそうだったので思い切って梅雨空のもと週末紀行を決行しました。ほんの思いつきだったので計画というほどのものは考えていませんでしたが、まずは一気に境港へ出てぷらぷらしたあと、古参の"はまかぜ"に乗ってから京都で鞍馬寺と貴船神社を巡ってきました。
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 1日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
米子空港、境港、米子、鳥取
梅雨入り宣言はされたもののここまで空梅雨のようで、まとまった雨が降った感じがしない。冒頭にも書いたように、いろいろあって天気のことを気にするほど余裕もなかった。ここのところ土日はダウンしてしまうことが多く、仕事もはかどらず悪循環が続いており、どうせ土日でリカバリーが効かないなら思い切って最初から休んでしまうことにした。家にいても気が滅入るだけなので、体調云々よりも何かしてこのもやっと感を打ち消さなければならない。とはいうものの許された時間は2日間とそう長くはない。
境線
前回の締めくくりにも書いたように、ケーブルカーの乗りつぶしで残っているところがあるので、当然そこらは気にならないはずがない。なかでひとつだけ鞍馬は無理してスケジュールを引く場所でもないので今回はそこを目的地とした。またも京都方面になってしまったが、まぁよしとしよう。とりあえず一泊するとして夜行のような手段も考えてみたが、さすがにそれは自粛(?)し、はまかぜで大阪入りすることにした。朝一で鳥取を発つと余裕で午前中に大阪へ着くことができるので、ほとんど迷わずそれに決めた。ついこの間いそかぜが静かに引退したのは記憶に新しく、このDC特急も車両の世代交代等でよからぬ噂が流れているようだが、変な騒ぎが起きる前に何となく乗っておきたいと思っていたものだった。
境港
さて話しは戻って土曜の午前中の便で米子へ向かうことにする。早朝でもなかったので、スローペース羽田へ出ることにした。第二ターミナルからの搭乗は今回が初めてであるが、これまでの第一ターミナルの大きさに慣れてしまったせいか、びっくりするほど広いという印象でもない。それでもこんなに多くの人でごった返しているのだから過密な空港であることには間違えない。たまたまだろうか、米子のおとなりの鳥取行きも同じ時間に出発となるのだが、そろってバスに乗っての搭乗となった。
境港駅
天気予報も雨の予想は出てなかったが、一面低い雲がたち込めていた。離陸してしばらくは地上の様子がまったく分からなかった。山梨あたりで何となく景色が見えてきて、やがて琵琶湖、宮津の上空を通過していく。2、3度と東へ向かう便とすれ違ったように、山陰地方は空港が数多くある。このルートは天橋立の上を通ることもあって、ここでもひとつケーブルカーがあったことを思い出し自ずとそれを目で追っていた。一旦日本海の上空へ出たあと間もなく米子へのアプローチとなる。米子空港の滑走路のすぐ脇を境線が走っており、頭をかすめるように飛行機が離着陸することで有名らしいのだが、この日は夢みなとタワー、自衛隊の通信施設の真上を通って中海に出てから180度旋回して着陸となった。
水木しげるロード
空港のすぐ近くに中浜駅があるのだが、どうも一般には知られてないらしい。実際にネギ畑の中をトボトボと歩いているのは自分ひとりだけで、10分もかからないというのに知名度はまったくないようだ。列車も1時間に1~2本と非常に微妙である。無人駅の待合室には食堂の食券売りのような自販機があった。上りを一本見送って、しばらくすると境港行きの単行がやってきた。全国的にも有名になったゲゲゲの鬼太郎をモチーフとした妖怪ペイント列車である。もう何年になるだろうか、乗りつぶしのためにやってきたのを思い出していた。米子空港と言えば滑走路の再延長が議論されているが、漁業への影響を配慮しこれ以上中海側に向かって延ばすことはできないのであとは境線にどいてもらうしかない。並行する道路はどうにかできても、いざ鉄道を…となると赤字路線なだけにもめることは明らかだ。線路を迂回させるとか、地下化して空港新駅を作るとか、LRTにするとか絵に描いた餅の議論はどうなったのだろう?もともとカーブもなくまっすぐななだけに、路盤さえしっかりすれば、米子方面へのアクセスには申し分ないのだが、何せ山陰地方にはよくも悪くも分散して空港が整備されているので、効率という面ではあまりよろしくない。現に松江あたりはお隣の出雲空港と奪い合いをする格好でJALとANAが痛み分けにあるという話も聞いたことがある。(後日談:その後、あらたに整備された米子空港駅を利用する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
ゲゲゲの鬼太郎
このキハは自動ドアではなく、手で開けなければならない。冬場のことを考えてだろうか、何ともローカルだ。境港駅で降りてあたりを見回す。立派なフェリー乗り場の建物を目にすると慌しくバスに乗り換えたときの記憶がよみがえってきた。中に入りとりあえず昼飯にする。食事ができそうなお店は意外にも混雑しており、鯖寿司を試してみることにした。境港と言えば、ゲゲゲの鬼太郎で知られた水木しげる氏のふるさとであり、妖怪をテーマに町おこしをしているのが有名な土地でもある。今日も観光客とおぼしき人たちの姿がちらほら見て取れる。駅前の通りは水木しげるロードと名付けられ、妖怪のレリーフが数多く並んでいる。仕舞には銅像を建てる予算が底をつき苦肉の策として一般公募したところ、逆に予想以上の反響があった…というのも何とも面白い話である。何となくぷらぷらしながら妖怪たちを見てまわる。正直なところ、大人でも意外と楽しめるものだと思った。そんな中、ねずみ男が街を歩いていた。記念写真を撮っている様子はディズニーランドのミッキーか、ピューロランドのキティーちゃんとそうも変わらないのかもしれない。水木記念館妖怪神社、公認(?)のグッズを扱うお店、やはりテーマパークのようだ。
目玉のおやじ
隠岐へ向かう連絡船など眺めながら境港駅に戻り、次の米子行きを待つことにした。線路は一直線に延びているので折り返しとなる列車のライトが遠くに見えるのだが、なかなか近づいてこない。ようやくやってきたキハはやはり妖怪の絵がペイントされている。車内で出発を待っていると珍しがって駅の外から写真を撮っている人がたくさんいるのが分かる。この列車、目立つのも無理はない。何もない直線区間をひたすら進み、空港の脇を通って更に先へいくと、後藤の車両工場がある。このあたりの山陰線を受け持つ主要工場であり、電車も入って来れるように架線が引かれている。境線の発着する米子駅のゼロ番線は、別名ねずみ男ホームと呼ばれており、何やら怪しいオブジェが置いてあった。(後日談:米子から隠岐の島へ渡ったときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
米子駅
米子駅で一旦外へ出てみたものの、あまり時間もなくここで何かするということもない。あとは鳥取へ移動するだけだ。山陰線と聞くと、ついつい時代から取り残されたような先入観を持ってしまうが、快速とっとりライナーには新しい車両が充当され、速達タイプの普通列車として米子鳥取間を結んでいる。新型特急のために足慣らしされた路盤も活かされ、快活なコミュータ便の役割を担っている。その一方で「旅情がなくなった」と嘆くのはよそ者の勝手な言い分かもしれないが、ひと頃のように客車が行きかっていたようなノスタルジックな時代を思うと、時の流れを感じてしまう。かすみがかった大山の稜線を見ながら、快速列車は東へと快調に走り続けていた。もう夏が来てしまったような陽気のせいか、冷房の効いた車内は快適である。が、時折、ガックン、ガックン、ガックンという大きな音を数度繰り返し、車内の蛍光灯がチカチカしていた。これ、故障じゃないよね?静かな山陰の日本海を見ながら少々不安に思えてきた。倉吉でスーパーはくとの隣を通過し、今日は日が高いうちに鳥取駅へと到着した。
とっとりライナー
 2日目
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
山陰本線・播但線/はまかぜ、京都、鞍馬寺、貴船神社、伏見稲荷
いつものように旅の朝は早い。まぁ、昨日のうちにもう少し先へ移動しておけば余裕はあったには違いないが、折角の機会なので始発の鳥取駅からはまかぜを乗り通しておくことにしていた。6時ちょうどにホームへ上がると普通列車が出発するところだったが、乗ってる人は一人もいない。目的のDC特急はそのあと続いて同じホームにやってくる。どうみても、次の特急を待っているのは3~4人といったところだ。ところで、鳥取から大阪へ出るのは、智頭急行まわりのスーパーはくとがいわばエースである。それに比べるとはまかぜは何とも地味な存在であり、山陰線の鳥取-浜坂、豊岡間を走る数少ない特急の中のひとつでもある。それも鳥取まで来るのは一往復しかない。また、播但線経由で姫路へ抜けるルートも他の特急と違ってやや異色な印象を受けるが、豊岡をはじめとする兵庫県の北部と県の行政の中心である神戸を結ぶ列車と考えるとそれはそれで納得ができる。梅雨時と言ってしまえば6月は憂鬱な時期に思えるが、一年中で一番日が長い時期であり6時でもすっかり日は高くなっていた。そんな朝の空気の中、はまかぜはやって来た。車体のカラーリングはここの地方色に塗り替えられているが、堂々とした姿が何とも誇らしげに思えてならない。発車前に編成の後ろ側に回ってみると、なんと旧国鉄色の車両である。混色編成もありうると聞いていたが、ちょっとラッキーに思えた。
はまかぜ
この気動車特急以前いそかぜに乗ったとき以来だが、まだまだ現役健在といったところである。ほぼ貸切状態で鳥取駅を出発する。車内販売の準備だろうか、前の方に二人ほど席についていた。朝もやの中、岩美、浜坂と停車していき、やがて餘部鉄橋を越えていく。早朝にもかかわらずこちらにカメラを向けている人の姿もあった。架け替えの噂はよく聞くが、さていつのことなのだろう。香住駅で出雲と交換となる。鳥取から乗ってた車内販売員は途中浜坂で下りてしまったが、ここで答えが分かった。城崎温泉、豊岡と停まるたびにどっと人が乗り込んできて、あれほど静かだった車内はウソのように賑やかになっていた。ニュースによると、偶然にも今日から福知山線の運転が再開となり、このはまかぜもその間を補完する形で一役かってたらしい。意外なところでの活躍を聞くとちょっと複雑な気持ちにもなった。和田山で山陰線に別れを告げ播但線へと入る。それ程距離はないがしばらく山岳風景が続く。寺前から再び電化区間となり、気がつけば郊外の住宅街を走っていた。やがて右手に姫路城の雄姿を見ながら姫路駅へと到着した。引続き山陽本線に入り一路大阪を目指すことになる。
はまかぜ
姫路で進行方向が逆になるため座席を回転させる。ここで大半の人が下りていってしまったこともあり、ワンボックス占有を決め込む。本線区間に入ったあとしばらくはノロノロ状態が続いたが、明石を過ぎたあたりから複々線の効果もあってか徐々にペースが上がる。加速という意味ではそれほどスタートダッシュは感じられないものの、トップスピードの足回りは健在だ。若僧にはまだまだ負けんぞという意地のようにも思える。遠く煙った明石海峡大橋をやり過ごし、神戸、三宮と寄りながら終点大阪へとやって来た。アーバンネットワークを行く無機質な電車のなか、この存在感は何とも誇らしげに見える。気がつけば4時間も乗っていたことになるが、そんなに時間が経ったような気はまったくしなかった。(後日談:その後、リニューアル後のはまかぜに乗ったときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
鞍馬
余韻に浸る間もなく新大阪で新幹線に乗り継いで京都までワープする。また違ったスピード感は現実世界の感覚から意識を引き離されそうだ。京都で下り立ち、急ぎ足で地下鉄のホームへ向かう。いつものように1000円分のカードを購入しておく。さくらを利用してわざわざ九州から途中寄り道したときと似たルートで叡電鞍馬方面へ向かうことにする。当たり前だが地下鉄は外の景色を眺めることができないので、退屈な時間をしばらく過ごさなければならない。今回は終点の国際会館から岩倉駅へ歩いていくことにしていた。蒸し暑い陽気の中、しばらく川沿い行ったところに岩倉駅がある。湿度のせいか汗がじわっと出てくるのが分かった。やがてやって来た叡山電車の冷房が心地よい。そのまま終点鞍馬駅まで乗り通し、今回の京都訪問の目的地である鞍馬方面へと向かう。
鞍馬寺
単に乗りつぶしをするだけならケーブルカーを往復するだけでいいのだが、さすがにそれだけではもったいないので鞍馬寺をお参りした後に貴船方面にも足を延ばすことにしていた。と、その前にケーブルカーに乗ってしまうと由岐神社を通過してしまうので、まずはそちらを先に往復しておく。早速待ち構えてた上り坂は運動不足の体に結構こたえる。義経ブームの影響もあってか、結構な人で賑わっている。参拝を済ませたあと再びふもとへ戻り、山門駅からケーブルカーに乗ることにする。お寺が経営する珍しい鉄道で、運賃もお寺の維持の寄付金という名目らしい。山門駅で乗車券がわりの入山証を受け取り、ベンチに座って次の便を待つ。定員も少なくケーブルカーというよりもエレベータのようだ。1両しかない乗り物がただ往復するだけのとてもシンプルなつくりだった。運良く待たされることもなく狭い車内に押し込められた感じではあったが、あっけなく上ってきてしまった。多宝塔から山道を抜け、ほどなく鞍馬寺の本殿へと出てきた。そそくさとしながらお参りを済ませ、山の奥の方へと歩いていくと、徐々に上りがきつくなってきた。すれ違う人の「未だこの辺はよかったよね…」という会話が気にはなったが、更に先へと進んでいく。そう何キロも歩くわけではないのだが、ふぅふぅ言いながらひたすら階段を上っていく。きっと義経はこんな山の中を軽快に飛び回っていたに違いない。ようやく頂上と思しきところへ出てくると、この辺から木の根道と呼ばれるようになり、杉の木の根っこが露出した道が続く。しばらく下って奥の院でもう一休みし西門へ下りてきた。
鞍馬ケーブル・山門駅 鞍馬ケーブル
下り切ったところはもう貴船界隈であり、貴船川には川床のお店がずらっと並んでいた。狭い道は車が往来している。お昼も回ってしばらくしていたので、何はともあれ休憩を兼ねて食事にしよう。川床で懐石料理を楽しむのも一興だが、さほどゆっくりできる時間もなさそうなので、山門近くのお店で鮎のお茶漬けとやらを試してみる。本当に適当に済ませるだけのつもりだったが、なかなかどうして雰囲気もあってとても贅沢な時間を過ごすことができた。さて、体もクールダウンし腹も満たされたのでもうひと歩きすることにしよう。灯篭が立ち並ぶ階段を登っていきで貴船神社を参拝しておく。ここも多くの人で賑わっていた。この先の奥宮へと行ってみるのもいいのだが、時間のことを考えここらで引き返すことにした。再び川床が並ぶ通り沿いに下り始める。の雰囲気を感じたら雑念を捨て去ってまずは深呼吸しなさい、と言われてるように、こうして一人とぼとぼ歩いているとが癒しとパワーを与えてくれるようだった。ここのところちょっとハードな状態が続いてたし、また明日からも大変なことには変わらないが、とりあえずリフレッシュできたのでの神様に感謝したい。
木の根道
車が行き交う舗装道を2キロほど下ってきただろうか、貴船口駅へとたどりついたとき、ちょうど鞍馬行きの電車が出て行くところだった。程なくして今度は貴船からバスが下ってきて、一斉に人が降りてきた。周囲の景色には少々不釣合いな自動改札にカードを通して、先程見送った電車が折り返してくるのを待つ。そよそよと吹く風が木々を揺らし、汗で火照った体に心地よい。冷房の効いた叡電に揺られ、この地を後にする。出町柳で京阪に乗り換え、もうしばらく南下する。このままでは京都駅へは出られないので、やや遠回りだが伏見JRに乗り換えることにしていた。乗り換えついでに、伏見稲荷へ寄ってみることにする。
貴船神社
伏見稲荷は、商売の神様としても有名であるが、サラリーマンの端くれとしてとりあえずここは心してお参りしておくことにした。初詣の光景などテレビでしか見たことがなかったが、立派な鳥居と参道が続いていた。ここまで来たのだから、千本鳥居だけでも見ておくことにした。いやぁ想像はしていたものの、実際に歩いてみると実に圧巻である。ここも時間が経つのを忘れそうなくらい引きつけられたが、名残惜しところで引き上げることにした。気がつけば時間がギリギリになってしまい、焦って切符を買い陸橋を走って渡ってそのまま奈良線の電車に飛び乗った。西側から差し込む日差しは相変わらず強く、夏がやってきてしまったようだ。出発前は気分も体調も最悪だったのでどうしたものかと考えてしまったが、思い切って飛び出してきて正解だった。最後は時間に余裕がなくなってしまったが、新幹線に乗り遅れるという程のことでもなく、冷たい飲み物を口にしたところでようやく落ち着いた感じがした。さて、明日からまた戦場に戻らなければならない。仕方ないが無理して気持ちをリセットせねば…。
伏見稲荷