■旅日誌
[2009/4] イ尓女子 北京
(記:2009/6/16 改:2015/11/1)
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GWに北京へ出掛けてきました。4泊5日で北京市内と万里の長城を観光してます。今回は勝手気ままな単独行動とはいきませんでしたが、それなりに楽しむことができました。欲を言えば、もう少し余裕をもって予定を組めればよかったかもしれませんが…。
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 その1・北京市内
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
天壇公園、王府井、天安門広場、故宮博物院、景山公園
今回は4泊5日で北京を訪問してきたが、いつものような勝手気ままな旅とは少し様子が違っていた。北京へは会社の出張で一度来たことがあるが、そのときは2泊3日ほぼ100%仕事モードで、観光するどころか空港と訪問先を車で往復するだけだった。(余談:強いて言えば、夜の会食はありましたが、あくまでも仕事上の集まりということだったので…。)そんなわけで、北京には初めて行くような気分でだった。さらには、前回は北京オリンピック前だったので、その意味でも様子が変わっていることは十分考えられる。以下、実際に行ってきたところを中心に、簡単に書いておきたいと思う。(後日談:その後、北京を再訪する機会がありました。そのときの旅日誌はこちらをご覧ください。)
天安門
実は今回の往復の足は、人のマイレージに便乗してのことなので、言ってみればただで連れていってもらった格好になる。そんなわけでGW期間中に都合のいい便が予約できるか微妙だったが、時間帯を少し我慢し、なんとか成田-北京直行便を確保することができた。前回は黄砂の時期だったこともあり、ひどく揺れたことを覚えていたが、今回は気候もまずまずかな?と期待をしている。結果的には、からっとした晴れの日がほとんどで、日差しを直接受けるようなところは真夏を思わせるような陽気だった。最近の中国の政策によると、5月の1週目は日本と同様『ゴールデンウィーク』と称して長期の連休となる。この広大な国において、地方から北京に向かって人が集まり、特に有名な観光地などはとても賑やかになるらしい。実際、滞在中にもそういったこの国のパワーをところどころで実感することとなる。さて、行きの便は午後の遅い時間帯しか予約が取れなかったので、北京到着もある程度遅くなることを覚悟していたが、いきなり出発で1時間も遅れてしまい、入国したときには深夜の時間帯になっていた。(後日談:成田出発が遅れた理由というのは、どうも別の便からの乗り継ぎ待ちをしていたようで、どうやら新型インフルエンザの検疫に時間がかかっていたようです。実際、メキシコのパスポートを持った人が入ってきたときは、正直あまりいい気はしませんでした。)
天壇公園
オリンピックのおかげだと思うが、新しくできた北京首都空港の第三ターミナルは、これぞインターナショナルエアポートといったスケールで、世界有数の都市の玄関口としてもふさわしいものだった。以前なら北京市内へはバスかタクシーが主な移動手段だったが、地下鉄という選択肢が加わり利便性は格段に改善した。(余談:地下鉄と言ってもほとんど地下は走りません。料金体系も既存の地下鉄とはまったく別ものでした。)ちなみに北京市内の地下鉄は環状線である1号線を中心に何本か路線が整備されている。ただ、街自体が大きすぎてカバーするにも限度があり、その代わりどでかい道路が縦横無尽に通っているので観光客はタクシーを使うのが便利のようだ。ただし、ゴールデンウィークのせいもあってか、なかなかタクシーが捕まらず、今回は苦労させられてしまった。
天壇公園
地下鉄は古いものから最近開通したものまであり、運転本数もかなり充実していて特に幹線は一日中混雑していた。実際利用してみて分かったのは、バリアフリーがあまり進んでいないこと(エスカレータやエレベータの数はまだまだ少ない)と、駅でのセキュリティチェックが厳しいこと(どこの駅も必ずと言っていいほどⅩ線によるセキュリティチェックが行われていた)、それと幹線を中心に一日中若者で溢れ返ってるのが印象的だった。最近では窓口の出札から自販機方式に置き換わっており、ICカードを使って乗るシステムになっていた。料金は大人2元、日本円にして30円(子供は半額)と気軽に利用できるところも嬉しい。小額紙幣が使えず思わずうろたえてしまったのと、コイン不足のためか、おつりの1元硬貨を係りの人に有無も言わさず取り上げられてしまった(お札に交換してくれましたが…)のはご愛嬌といったところだろうか、海外に出てみると思わぬところでいろんな経験をするものである。(後日談:上海など南部の都市へ行くと硬貨も十分流通してるのが分かります。)地下鉄の駅のホームは、どこもたっぷり空間が取られており、それに比べると日本の地下鉄は息苦しいようにも思えてしまった。さらに余計なことをいうば、朝から深夜まで、若い世代の利用者が非常に多く、疲れたサラリーマンの居眠り姿などはほとんど見かけない。それと、車内でお年寄りに席を譲ることについては見事なまで浸透しており、どんなに混雑していようがその徹底振りは完璧でその点はぜひ日本も見習って欲しいものだと思った。
王府井
話の流れついでに、北京市内の交通事情についてもう少し書いておこうと思う。北京市内の"生活の足"としては地下鉄よりもバスが使われることが圧倒的に多いようで、日本ではもう見ることのできないトロリーバス2両編成のバスなど、多くの路線が街中を行き来していた。また、最近ではマイカーの数も着実に増えてきており、片側4、5車線はある道路をみるとやはり日本とはスケールが違うことが分かる。また、古臭い感じの車などもほとんど見かけない。ちなみに中国=自転車の大群というのはまったくの誤りで、都会の真ん中だと自転車に乗ってる人を探す方が難しい。杭州に行ったときもそうだったが、バイクも全くといっていいほど走っておらず、たまに電動スクーターの姿を見つけるくらいだった。ちなみにバスの運賃は地下鉄よりもさらに安く、半額の1元と社会インフラにかかる料金が抑えてあるのは社会主義の国らしいところだろうか。(余談:プリペイドカードを使うと、地下鉄もバスもさらに4割引になるようです。)タクシーにしても市内の移動なら20元(日本円でだいたい300円)で大体ことは足りてしまう。前出の通り時期が悪かったのかタクシーが捕まらないことが多く、やむなくバスにチャレンジしてしまったが、やはりツーリスト向きではないようだった。ガイドブックでもあまりおすすめはしてないと思うのだが、まぁ想定外の冒険をしてしまったようだった。を利用するのは冒険の部類に入ると感じた。(後日談:台湾に行ったときは躊躇なくバスを利用してましたが、北京のバスは本当に地元の人向けの乗り物でした。)
北京・地下鉄 北京・トロリーバス
さて、今回の滞在で自由に行動できるのは2日目から4日目までの3日間だったが、2日目と4日目は主に市内を中心に、3日目では万里の長城へ足を延ばすことを考えていた。長城の様子については後述するとして、まず最初に行ってみたのは天壇公園、明・晴の時代に皇帝が天に対して祭祀を行った場だとされている。その敷地の広さたるもの、何とも言葉では表現しづらいが、いきなりの大陸スケールに驚かさることになる。ここも世界遺産に登録されている著名な観光地であるが、正直なところこのスケール感は日本で生まれ育った者にとって理解の度を越えている。それと、何しろ人の多さにも圧倒されてしまい、キョロキョロするばかりだった。敷地の中にはといわれる建物がに点在し、それらを見て回るだけで相当時間がかかってしまった。結局午前中だけではまわりきれず、いい加減歩いたあとで遅い昼食となってしまった。その昼食をとるにもどうしていいか分からず、ガイドブックを頼りに少し街中へ移動してみることにする。その後もさらに場所を変えて北京屈指の繁華街である王府井に足を延ばしてみることにした。ぱっと見は、新宿みたいな街並みだったが、まだまだ大きな建物が建設中だったり、この国の秘めたるパワーのようなものをあちこちで感じる。また、近くには中国らしい古い町並みもあるらしく、自分ひとりならそういった方を目指して足を向けたかもしれないが、結局この日は歩き疲れてしまった形なり、最後に天安門広場を見ておくことにした。いまさら説明する必要もないが、天安門は、世界遺産・故宮(紫禁城)の正門にあるひとつの大きなであり、例の毛沢東の写真など、いわば中国を象徴する存在といってもいい。故宮については、あらためて見学することにしていたが、これまた天安門広場の広さというのも、言葉で説明できるようなものではなかった。あらためて中国大陸のスケールの大きさを垣間見たような気がした。
故宮博物院・天安門 故宮博物院・太和門
2日目は、ただ天安門広場に来ただけだったが、4日目の今日はその中をじっくり歩いて行こうと思っている。しかし、今日もまたGW真っ只中ということで、いきなり人の多さに圧倒されてしまう。外国から来た観光客以上に、明らかに地方から出てきたと思われる人々の姿が多く、この国も人種のルツボだということがよく分かった。いきなり天安門をくぐるだけで大混雑、入場チケットを購入するだけでも大変な苦労だった。かつての紫禁城と呼ばれていたが、いまは故宮博物院という名前で、ここら一帯が歴史博物館ということらしい。強いて言えば、日本で言ったら皇居がそんな感じなのかもしれないが、毎度ながらきちんと歴史を学んでないことが悔やまれてならない。それでも聞きかじった話をまとめると、北京というひとつの都市が要塞のようなもので、いま地下鉄環状線が走っているところに城壁があったという。もっとも、一番外の砦は万里の長城だったわけだが、この都市をめぐって何百年、何千年というスケールで覇権争いが行われてたかと思うと、自分と存在がとてもちっぽけなものに思えてきた。天安門というのもよく聞くし、確かに北京というひとつの都市の象徴ではあるが、全体感というものがいかに分かっていなかったかをあらためて認識することなった。
故宮博物院・太和殿
人の波にもみくちゃになりながらどうにか天安門をくぐり抜ける、、、といっても、まるで長いトンネルのようで、これが門の厚さだということを知っただけ驚きだった。この先もをくぐっては、大きな広場があって、さらに…といったことを繰り返していくことになるのだが、その前にあの広大な天安門広場の手前にも前門という門があって、その先は前門大街が一直線に南に伸びている。一体どこまで続くのか、どこからが始まりなのか、そういった話ではないようで理解の範囲を明らかに越えていた。ところで、ここ故宮博物院はかつて紫禁城と呼ばれていたことは説明するまでもないが、俗っぽく言ってしまえばラストエンペラーで有名な清の始皇帝が最後まで皇帝としていたところである。そんな歴史のうねりの舞台となった場所でもあり、度重なる戦渦を避けるために多くの美術品や工芸品が持ち出され、現在、台湾の国立故宮博物院に行き着いたものも多くあるという。ここ故宮博物院にも、西太后ゆかりの品々など歴史的価値のある展示物が数多くあったようだが、全部を見ていたら本当にキリがないので半ば諦めざるを得なかったが、あとから思うとちょっと残念だったかもしれない。
故宮博物院・御花園
故宮博物院外朝内廷からなり、天安門をくぐった先にある「コの字型」をした巨大な午門の先から有料となるのだが、押せや押せやでもみくちゃにされた先でようやく列に並び、直射日光のもとチケットを購入するだけ何十分も待たされることになってしまった。ようやく午門を抜けると正面に太和門が見えてくる。さらに進んだところでようやくその先にある太和殿を目にすると、どこかで見た光景にお目にかかれる。ここが映画ラストエンペラーで幼い溥儀が姿を見せた場所といえば分かりやすいだろうか。その奥にあたるところにある中和殿と保和殿は皇帝が一時的に休憩し、また着替えを行った場所だという。そして内廷が奥まで続く。このあたりまで来ると建物の中には数多くの展示物があったが、ほとんど素通りしてしまうだけになってしまった。内廷までくると、ガラッと雰囲気は変わり、皇帝やお仕えの人々が生活をする場でだったという。乾清宮をはじめ、小さく区切られた建物が数多く並んでいて、当時の様子を色濃く残している場所だった。御花園という中庭のようなところを通り抜けようやく北の端である神武門へたどり着く。もうここまで来ると距離にして何キロだとかどうでもよく思えてきたが、外へ出て振返ると神武門がまさに聳え立っていた。この北側にある景山公園には最後の日に寄ることにして、とりあえずこれで故宮博物院見物を締めくくることにした。
北京胡同・鐘楼 鳥の巣
おとといに続いて今日もまた歩き続けたあとでの遅いお昼になってしまった。午後は残り時間を考えながら適当に過ごすことにしていたが、少し古い町並みでも見物しておこうと思い、鼓楼と、鐘楼の近くまで行ってみた。急速に開発が進みすぎたことへの反動なのかもしれないが、観光地として意図的に残された景観というのもそれはそれで興ざめしてしまうようにも思えた。過度に期待してしまったか、もうちょっと下調べして他に候補を考えておいてもよかったかもしれない。そんな感じで早めに引き上げようと思ったが、帰りもまったくタクシーが捕まらず、もう一度バスにチャレンジするハメとなり、前門近くでバスを降りてみたが、混雑を起こさないための処置として地下鉄の駅が閉鎖されており、旧前門駅跡にできた鉄道博物館を目の前に思わず立ちすくんでしまった。気を取り直して、また別のバスで移動して地下鉄を乗り継いでようやくホテルへ戻ることができたが、まぁ、知らないなんてそんなものか…。(笑)
景山公園
自分ひとりなら食事の"チャレンジ"もありだったが、今回は少しはきちんとしようと思ってた。そのあたりはあまり得意分野ではないので少々てこずってしまったが、頼れるものとしてはガイドブックに載ってる情報くらいしか思いつかない。初日は日本語メニューがあるという理由だけで当てずっぽうにお店を選んでみたが、結果的には十分満足できるものだった。ちょっとした会食にも使えそうな雰囲気のいいところで、値段もそこそこ、少ないながらも過去に中国に来たことはあるので、多少なりとも勝手は心得ていたのがよかったのかもしれない。まず料理の種類(四川か北京か広東かくらい)を決めておいて、前菜、主食のバランスを考えながら、あとはお店のおすすめっぽいものやちょっと珍しそうなものをアクセントに加えればどうにかなる。まぁ、そのあたりは、万国共通ではないだろうか。写真があって多少怪しくても日本語の説明で食材が判別できればどうにかなるものである。逆にそんなことが楽しいのかもしれないが、中華なので多少多めに頼んでも差し支えはない。それに物価の違いも差し引きすれば結構贅沢はできる。最終日は疲れも溜まった頃だろうし、移動する手間も省きたかったのでホテルで食事をしようと決めていたが、思ったほど法外な値段でもなく、こじんまりとコース料理をオーダしてみたが、これまた大当たりで特に北京ダックは今まで食べた中でダントツ一番だった。足代が浮いてる分、ホテル代をケチる必要もないので、無難に日系の5★を選択したが、たまたま予約サイトで格安の部屋を押さえることができたのもそれもラッキーだったかもしれない。(余談:6割近いディスカウントでした。)これもまったくの偶然だったのだが、ただのホテルにしては異様に警備が厳重だなと思ったら、日中首脳会談の会場になっていたようで、2日目には麻生総理ご一行様を目撃することになった。一国の首相ともなればもちろん国賓待遇であり、その日は天安門広場に日章旗が上がるという、非常に珍しい光景を目にすることになった。台湾で馬総統に遭遇してしまったことは記憶に新しいが、今回もまさかのサプライズが待っていたわけである。
景山公園からの眺め~故宮博物院 北京・長富宮
 その2・万里の長城
ルート概略
【寄ったところ、乗ったもの】※詳細はこちら
万里の長城、明の十三陵
滞在中、丸々使える3日間のうち1日は万里の長城まで足を延ばすことに決めていた。この万里の長城の総延長は約8000キロ、東京を基点にまっすぐ伸ばすとニュージーランドまで達してしまうという。(後日談:最近になって認識されたところもあって距離が伸びたそうですね。)あえて言うことでもないが、万里の長港を見に行く…とひとことで済ませるのは安易なことなのかもしれないが、せめてその一端でいいからぜひこの目で見ておきたい。中国大陸をめぐる覇権争いについては歴史を勉強しながら紐解いていけば、その背景などおのずと見えてくるだろうが、残念ながら世界史という教科を真面目に取り組んだ覚えはないので、にわか仕込みの知識しか持ち合わせていない。毎度のことではあるが、いまさらそんな自分を嘆いてもはじまらない。さて、この日は出発前に日本からオプショナルツアーを申し込んであったのでどこか気持ちに余裕があったが、前日にツアコンの方からホテルにTELが入り、GWのため1時間早く出発しましょうということになっていた。ところで、このいわゆる現地ツアーだが、値段もピン・キリで、あたりはずれもやむなしと覚悟しておかなければならない。どのツアーに申し込むかは、悩んでいてもしょうがないので口コミ情報など参考にして決めるしかなかった。ただ、最近ではインターネットという媒体は強い味方であることには違わない。さて、そのツアーの中身だが、ドライバー&ガイド付きで車をチャーター、朝出発して万里の長城明の十三陵を巡って午後戻ってくるというものである。途中、昼食も付いて、最後に時間に余裕があれば寄り道もしてくれるという内容にだった。
万里の長城 万里の長城
今回見学した場所は北京中心部から距離にして80キロほどの八達嶺というところで、高速道路を使えば1時間半もあればで着くことができる。長城が観光できる場所としては北京市街からも近くもっともポピュラーな場所だという。ここではロープウェイを使うと、かなり高いところまで登れるので効率よくまわることができる。足腰に自身がなくても十分雰囲気を味わうことができるのでおすすめのコースらしい。前出の通り、ちょうどGW真っ只中だったため、中国全土から観光客が大挙して押し寄せてきており、高速道路にもそういった団体のバスが多く走っていた。出発を1時間早めたのは本当に正解だったようで、既に渋滞の予兆が見え隠れしていた。もう間もなくするとひどい渋滞になることは目に見えており、そうなると何キロも手前の駐車場でバスを諦めてそこから歩く羽目になるという。こんな状況下でも段取りよく設定してもらっていたので、本当にありがたかった。
万里の長城
高速道路を快調に進み、気がつけば周囲は山々に囲まれていた。残念ながら今日の天気はあまりよくないみたいで、そのうち雨も降りはじめてしまった。高速道路と並行して鉄道も走っているみたいだったが、そちらも気になってしまう。やがて長城の建造物がちらっと見えはじめる。一般道に降りてからもしばらく山間を進み、ところどころ観光スポットらしいところを通り過ぎながらロープウェイ乗り場がある場所までやってきた。ちょっと頼りない感じがしなくもないが、小雨が降る中ゴンドラに乗り込んで上を目指す。昨日に比べも気温はぐっと低く肌寒かったが、まぁガマンできないこともない。ロープウェイを降りて長い通路を抜けると、すぐ目の前には長く続く長城が姿をあらわした。いやぁ、本当に来てしまったかぁ~。山々の尾根を本当に延々とくねくね続く様を目の前にしては細かいことなどすべて忘れてしまいそうだった。ありきたりの感想だが、こんな山の中にこれほどの建造物を重機も使わずに作ってしまったのだから、本当にすごいとしか言いようがない。さて、いよいよここから実際の長城を歩いてみることになる。さらに山の上の方を見上げるとずっと高いところまで登れるようになっていたが、足元は滑りやすく急峻な斜面と石段がずっと続くため、同行者のことも考えて適当なところまで行けるだけ行ってみることにした。雨交じりではあったが、とてつもなく大きな景色はまさに圧倒されるばかりで、どうしか分からないが妙に感傷的な気分になってしまった。ものの例えのように"人生観が変わる"という言葉を使ったりすることがあるが、確かにここでは自分のちっぽけさに不思議な思いが過ぎるのが分かった。きっと何億という人の人生がここを通り過ぎていったに違いない。どうしてだろう、、、風景を見てるだけでこんな思いを覚えたのは初めてだった。もっともっと時間があって、それこそ足腰がボロボロになるくらい歩きこんでも見たかったが、結局何もせずにこの光景に見入ることしかできなかった。
万里の長城 明の十三陵
万里の長城を見学したあと、続いて向かったのが明の十三陵だった。これから長城へ向かう渋滞の列を横目にしばらく移動して、途中、いかにも農村といったようなところを抜けていく。都会ばかりに目が向いていたので、郊外の農村風景は逆に新鮮に感じた。明の十三陵は、その名の通り明の時代の皇帝の陵墓である。80万平方キロという広大な敷地(というか、見渡す限りのここら一帯…といった方がいいだろうか?)に10のお墓がある。中でも定陵は、唯一発掘が行われたとして有名で、その中まで見学することができる。陵墓はこの広大な敷地に点在しており歴史的価値も大いにあるらしい。最初に車を降りて、その入口である神の道をまず案内してもらう。ここを通って祀られたという道で、その道には守り神であるがいくつも点在しており、それぞれ意味があるのだという。
明の十三陵
再び車で移動して定陵の見学へ向かう。駐車場で車を降りてしばらく歩き、陵墓の周囲をさらに奥へと進んでいく。裏手にまわり陵墓に入ると、延々と地下深くまで階段を下っていくことになる。ようやく下りきったところにひろい空間にあらわれ、周囲をがっちりとした壁に守られたこここそが王の棺が祀られてた場所だった。人が多いからまだいいが、ある種不気味な雰囲気のする空間には王妃の椅子や、発掘の際にこじ開けられた分厚い扉なんかも展示してある。ひと通り見学したあと、あらためて外に出て広大な敷地を見渡すと、広大な空間と時間のスケールにはただひたすら圧倒されるばかりだった。
明の十三陵・定陵
その後、七宝焼の工場が併設されたところでお昼をはさみ、お土産など物色しながらしばし時間をつぶし、北京市内に戻ることになった。最後に北京オリンピックのメイン会場にもなった「鳥の巣」にでも寄ってみようということになったが、いざ近づいてみるとあまりの人の多さにどうにもならず、結局、車の中から建物を眺めるだけになった。相変わらずの広大な敷地はいうまでもなく、周囲にある立派な建物も半端でない規模で、選手村だったといわれてもそれでもピンとこないくらいのスケールだった。悠久の歴史とでもいうか、新旧の対比を見比べることができたのはなかなか面白かった。ところで、今回お世話になったガイドさんだが、日本語による説明はもちろん、非常に手際よく段取りを組んでこなしてくれたのでとても助かった。昼食もかなり質がよく、トータルとして十分満足だった。ツアー後には雑技団のチケットも手配してもらい、車での往復もサービスしてくれたりと親切な部類だったと思う。もちろん、チケットを売ればマージンが入るだろうし、帰りに寄ったお茶さんでもそれなりに値段が吹っかけてあったので、まぁ、それはそれとして何より本業のガイドとしての対応がよかったので、そのあたりはチップとして考えても十分だと思う。とにかく、今回は良好なツアーに当たってとてもラッキーだったようだ。
明の十三陵・定陵